意地悪な副社長との素直な恋の始め方
「それとも、そのまま付き合いたいってこと?」


その問いには、考えるまでもなく即答した。


「それは無理」


わたしと朔哉は、血の繋がった兄妹ではないが、俄かではあっても「家族」だ。
何の憂いも心配も配慮もなく恋人にはなれないし、何より朔哉が好きなのは「芽依」。

彼がわたしと付き合うなんてこと、あるはずがなかった。


「じゃあ、秘密の関係を続けたいってこと?」

「それは……」


無意識に、朔哉と「こうなりたい」と思っていたのだとしても、「そうなろう」と明確な意思をもってしたわけじゃない。

あの時、あの状況で出くわさなければ、わたしたちの関係は表面上仲の良い、でも本当はいがみ合っている義兄と義妹のままだったろう。

その関係を積極的に変えようなんて思っていなかった。
きっと、お互いに。

だから、いくらモヤモヤしようとも、あの夜リビングで目撃したことも含め、全部なかったことにするのが正解なのだと思う。

たぶん。

しかし、シゲオのアドバイスは意外なものだった。


「始めるつもりもないのに始めてしまったのなら、手遅れになる前にやめるという手もあるけれど……。どうなりたいかわからないなら、もう一度、関係を持ってみるのも手じゃないかしら?」

「もう一度?」

「そう。勢いとか、雰囲気とかに流されずに。相手も、確かめたいと思っているかもしれないわよ?」

「でも……」


朔哉の気持ちは、確かめるまでもなくわかっている。
彼にとって、わたしは手に入れられないもの――芽依の「代替品」だ。

だから、確かめるべきなのは、わたしの気持ち、ということになる。

一度きりで、やめるのか。
それとも……あの時口走った言葉を理由に、これからも「代替品」であることを続けるのか。

もしも、自分が相談されたなら、そんなことやめた方がいいとアドバイスする。
あえて辛い道を選ぶなんて、賢い選択とは言えない。

でも、じゃあ賢い選択ができるのかと問われても、できると答えられない自分がいる。

シゲオは、自分の気持ちを説明する言葉を見つけられないわたしを見て、ふっと笑みをこぼした。


「ねえ、偲月。苦しくても、辛くても、どうしてもやめられないのなら……それは、『恋』だと思うわよ?」

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