意地悪な副社長との素直な恋の始め方
泣きたくなかったのに、ずっと溜め込んでいたものを吐き出したせいか、涙が止まらない。
「偲月……」
朔哉は、鼻をすすり、みっともなく泣きじゃくるわたしに手を伸ばそうとする。
イヤだと思ったわけではないが、感情が昂っていたせいで、ビクリと肩を揺らすと触れる直前で手を止めた。
宙に止まっていた朔哉の手が、諦めたように下ろされ、その代わり、月子さんが手を差し伸べてくれた。
「偲月さん、わたしの家に行きましょう? 自伝の件も詰めたいし、しばらくうちで暮らすといいわ」
申し訳ないという気持ちと、安堵の気持ちが一緒くたに湧き起こり、差し出された手を取らずには、いられなかった。
「ちょっと待てよ、母さんっ!」
「邪魔よ、朔哉」
朔哉を押し退けて、強引にわたしを寝室から連れ出した月子さんは、玄関へ向かう。
しかし、そのままあっさり立ち去れるはずもなく、靴を履いたところで、追いかけて来た朔哉に腕を掴まれた。
「待てよ! まだ、話は終わっていない!」
「終わってるわ。偲月さんは、ここにいたくないとはっきり言ったでしょう?」
「俺は、納得していない! 信じられないなら、それでもいい。いまは顔を見たくないなら、なるべく顔を合わせずに済むようにする。芽依と二人きりで出かけることも含め、偲月が不安に思うようなことはしない。だから、」
「やめなさい、朔哉。そんな対処療法で、どうにかなるくらいなら、偲月さんだってここまで思い詰めないわ。時には、距離を置くことも必要なのよ。無理に引き留めようとするのは、自分が安心したいだけでしょう?」
「…………」
朔哉が沈黙したのは、痛い所を突かれたからだろう。
月子さんは、力を失った朔哉の手を優しく引き剥がし、凛とした口調で諭す。