意地悪な副社長との素直な恋の始め方
「なりふりかまわず、必死になれるほど相手に恋する気持ちは、尊いわ。でもね、そこに思い遣りがなければ、ただの押し付けよ。それに……結果として誰かを傷つけてしまうのは、恋というものが選び、選ばれる関係性を持つ以上しかたのないこと。でもね、意図して陥れ、傷つけ、真実を捻じ曲げてでも手に入れたいと思うのは、恋ではなく執着だと思うわ」
その言葉に、朔哉の背後からこちらを窺っていた芽依が、表情を強張らせるのが見えた。
月子さんの言葉は、朔哉ではなく、彼女へ向けたものだと感じたのだろう。
「偲月さんは、責任を持ってわたしが預かるから、朔哉は我が身を振り返って、いったいどこがどうダメなのか、考察し、反省し、改めなさい。あ、先に言っておくけれど、夕城を見習わないように。反面教師にするならいいけれど」
「……わかってる」
不貞腐れたように応える朔哉に、月子さんは溜息を吐く。
「……返す気はあるんだよな?」
「あるわよ。ただし、偲月さんが帰りたいと言った場合に限るけれど」
「偲月……帰って、来るよな?」
懇願するようなまなざしと声音に、引っ込みかけていた涙がぶり返す。
好きだと言われ、結婚を望まれ、いろいろあったとしても、朔哉は浮気していないとわかっている。
それなのに、信じられないから、自分に自信がないから、離れたいだなんて、ひどい悪女になったような気分だ。
それでも、留まりたいとは思えなかった。
それが、いまのわたしの素直な気持ちだった。
「偲月」
帰る、と約束はできなかった。
「……偲月?」
けれど、いつか。
きっと帰りたくなると思ったから、頷いた。
朔哉は、ほっとしたような、それでいて泣きそうな表情で、手を伸ばしたくなるのを堪えるように固く拳を握りしめた。
月子さんは、「それでよし」と言うように頷いて、玄関のドアを押し開ける。
そして、泣きじゃくるあまりまともに喋れないわたしの代わりに、重くダークなこの雰囲気になんともそぐわない別れの言葉を口にした。
「それじゃあ、行ってきます」