意地悪な副社長との素直な恋の始め方
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これまで、恋愛をしたことのないわたしには、イマイチ自分が朔哉に「恋」をしていると自信を持って言い切れなかった。
そんなあやふやな気持ちで、再び関係を持つのはどうかと思うし、わたしを避けている朔哉が同意するとも思えない。
シゲオの提案は、実行できそうになかった。
(やっぱり、あれはなかったことにするのが一番だよね。週五でバイトを入れて、土日は出かけるようにすれば朔哉と顔を合わせることもほとんどなくなるだろうし……)
そんなことを考えているとすっかり目が冴えてしまい、一度入ったベッドから起き出した。
いつもなら、物音を立てないよう気を遣うところだが、芽依は友だちの別荘に泊まりに行っているし、継父と母は、出張中。
キッチンで何か飲み物でも作ろうと無造作にドアを開けた瞬間、思いがけない相手とバッタリ出くわして、危うく悲鳴を上げそうになった。
「ひっ……お、おかえり……?」
十日ぶりに見る朔哉は、どこか荒んだ雰囲気を漂わせ、お酒とタバコの匂いをさせていた。
「……芽依は?」
真っ先に訊ねられ、ズキリと胸が痛んだが、無理やり笑みを取り繕う。
「芽依は、友だちの別荘に泊まりに行った。ゆ……お継父さんとお母さんは、出張中」
「それは、知ってる」
継父は、わたしひとりで留守番させるのを心配していたから、もしかしたら朔哉に何か言ったのかもしれない。
「そ、っか。えっと、いま、何か飲もうかと思ってたんだけど、朔哉もいる?」
「いらない」
そのまま、自室へ行こうとする彼の腕を慌てて掴んで引き留めた。
「ま、待って!」
「……なに?」
「あの、……」
「さっさと言えよ。眠い」
冷たい表情に心が折れそうになったが、ずっと考えていたことを言わなくてはと、勇気を奮い起こす。
「あのっ……あれは……なかったことにしよう?」
「…………」
引きつった笑みを浮かべ、なるべく軽い口調で提案する。
「深刻に考えることなんかないって! たかがセックスじゃん? べつに、初めてでもないし、あれくらい大したことじゃないって言うか。勢いとか雰囲気とかでヤッちゃうこともあるしさ。あ、もちろん、誰にも……芽依にも言わないし! だから、あれはノーカンにして、お互いさっさと忘れよう?」