意地悪な副社長との素直な恋の始め方
「本当は、あの人も俺の顔を見れば兄貴を思い出すし、頼りにしたくないんだろうけど、ほかに頼れるヤツがいないからな。脚本家なんて浮き沈みの激しい仕事だし、親も兄妹もいない天涯孤独の身。自分に何かあったら、双子が路頭に迷う。そう思って我慢してるんだろ」
「我慢だなんて……」
流星の義姉には、会ったことも話したこともないが、信頼できない相手に子どもの世話を任せたりしないだろう。
第一、母親が信頼していない相手に、子どもたちが信頼を寄せるとも思えない。
「ま、双子が小学校へ上がれば、いまより手はかからなくなる。そうなれば、お役御免だな」
口調は「清々する」と言いたげで、でもその表情は「寂しい」と言っていた。
義姉との関係がどうであれ、彼が姪っ子に愛情を抱いているのは確かで、ただ複雑な関係が、素直な気持ちを言えなくさせているのだろう。
きっと、ほんの少し素直になるだけで、誤解やすれちがいは解消されるのだろうけれど、他人で部外者のわたしがどうこう言えるものでもない。
ただ、叔父さんを慕う双子たちのためにも、「家族」の絆を維持してほしいと願うばかりだ。
「で、結婚秒読み段階のくせに、なんで家出なんかしてんだよ?」
それ以上複雑な家族関係を話題にしたくなかったのか、流星がいきなり話題を変えた。
不意打ちにうろたえつつも、事実ではないと否定する。
「び、秒読みじゃ……ないし」
「しかも、義理の母親のところに転がり込むなんて、何がどうなったら、そうなるのか謎だな」
「それは事情があって……」
昨日のことには、触れたくなかった。
いまのわたしには解決できない悩みに囚われ、立ち止まり、うずくまってしまいたくなかった。
逃げていると言われようと、目を逸らしているだけだと言われようと、かまわない。
いまのわたしにできるのは、やりたいことをやるために、必要なことをする。それだけだ。
『YU-KI』を辞めても何とか食べて行けるよう、職を確保するのが最優先事項だ。
「あの、実は、お願いがあるんですけど」
「お願い?」
「昔、流星さんがモデルをしていた時、所属していた事務所を紹介してもらえないかと思って」
「は? なに、モデルやる気なのかよ? 競合他社が関係する副業は禁止だぞ?」
「その……副業、ではなくて……」
「まさか、転職する気かよ?」
「転職、というか……カメラ……撮りたいものがあって、それを撮るのに、会社勤めをしながらでは難しいというか」
「…………」