意地悪な副社長との素直な恋の始め方
絶句した流星は、しばらくして大きな溜息を吐いた。
「紹介してやるのはかまわない。けど、俺からだって、アイツには絶対に言うなよ? バレたら、まちがいなく報復される」
アイツとは、朔哉のことだろう。
確かに、朔哉は流星のことを嫌っているようだけれど、まさかわたしに仕事を紹介したからと言って、何かするとは思えない。
「そんなわけ……」
「辞めるつもりだって、アイツに言ったのか?」
「……言ってない、けど」
「事後報告かよ。一番、怒らせるパターンだろ。一応付き合ってんだよな? いま何を考えていて、これから何をするつもりなのかは、最低限伝えるべきだろ」
「でも、言っても言わなくても、決めたことは変わらないから」
「あのな……仕事を変えるってのは、夕飯をカレーからパスタに変更するような、簡単なことじゃないだろ? これからの人生にかかわる決断だ。それなのに、何も言ってもらえなかったら……『これから』の中に、自分の存在は含まれていないと思うだろうが」
「…………」
正論だった。
しかし、まさか彼の口からお説教を聞くことになるとは思っていなかったので、驚いた。
マジマジと見つめるわたしに、流星は居心地の悪そうな表情で「ったく、朝から柄にもないこと言わせんなよな……」と呟く。
「やっぱり……ダメですか?」
彼の協力を得られないとなると、母の伝手を使うという方法もあるが、そうなると何故なのかとか、結婚はどうするのだとか、いろんなことを問い詰められそうだ。なるべく避けたい。
流星は深々と溜息を吐いたものの、「協力はしてやるよ」と言った。
「事務所には話を通してやるけど、痴話喧嘩なんかしてないで、さっさとアイツと話せ」
「……痴話喧嘩じゃないし」
「あのな。本気で別れてもいいと思っているなら、家出先に義理の母親の家は選ばないだろ?」
流星の言うとおりだ。
本気で朔哉と別れたいなんて、思っていなかった。
思いたくても、思えない。