意地悪な副社長との素直な恋の始め方


真っ昼間のオフィスで大胆な提案をするサヤちゃんを思わず凝視してしまった。
しかし、どうやら誤解、聞きまいがいだったらしく、頬を膨らませた彼女に抗議される。


「ちょっと偲月ちゃん! わたしの話、聞いてなかったでしょ。いったい何の想像したの?」


本当のことなど、言えるはずがない。


「え、あ、いやそれは……えっと、それで何だっけ?」

「だから! デートしてみれば? って言ったの。流星さんと。今日、食事に行くんでしょ? そのあと、雰囲気のいいバーに行ってもいいし、映画を見るとかでもいいし」

「……何のために?」


ご飯を奢ってもらうのは、あくまでも入社式にお手伝いしたお駄賃だ。ちゃんとした理由がある。
しかし、雰囲気のいいバーや映画に行くとなると……そこにはお駄賃以上のものが含まれている、と思われてもおかしくない。


「偲月ちゃん、わたしの話聞いてなかったでしょ!」

「いや、聞いてたけど、わたしべつに流星さんのこと、そういう対象として見ていないから……」

「いまはね! でも、これから好きになるかもしれないでしょ? 一生ひとりの人しか好きになっちゃいけないなんて決まり、どこにもないんだから」

「そ、れはそうかもしれないけど、でも……」


現在、朔哉との関係は先行き不透明だが、結婚を視野に入れての付き合い、親同士にも報告している。
そんな状態で、ほかの男性と二人きりで「デート」するのは、どう考えてもNG。浮気を疑われかねない。

百歩譲って、かなりの時間が経過しているならまだしも、家出した翌日というのは、さすがに節操がなさすぎる。
それこそ、本物の悪女で、シゲオいわく✖ッチそのまんまだ。


「やっぱり、デートはまずいと思う」

「偲月ちゃんは真面目すぎるよ。会社の同僚と食事をし、成り行きで二次会に行くとか、フツーに『あり』だと思うけど? それに……別の人とデートすると、いつもは気づかなかったことが、わかるかもよ?」

「わかる? 何が?」

「いろいろ。たとえば、二人の間では普通のことでも、ほかの人にとってはちがうことが結構あるとか。好きな仕草を思い出すこともあれば、嫌いなところを思い出すこともあるかもね。でも、そんな風に、いろんな違和感を覚えることで、自分の気持ちがはっきりするんだよ。蓋を開けて、客観的に自分を振り返って、一途なんじゃなくて、視野が狭いだけだった……なんて気づくかもしれないでしょ?」

「…………」


完全に理解したわけでも、同意したわけでもないが、朔哉以外の男性とデートしたのは、なんと高校生の頃が最後だ。

いま現在、朔哉以外の誰かと付き合うつもりはないし、そうしたいとも思っていないし、そもそも恋愛に現を抜かしている場合じゃない。

けれど、朔哉以外の男性と交流することが、自分の気持ちを整理するのに役立つかもしれないと思った。


「偲月ちゃんが流されやすい性格だったら、荒療治はオススメはしないんだけど、そう簡単に流されることもないと思うし、相手が流星さんなら大丈夫でしょ」


今朝の出来事を思い出し、甚だ疑わしいと思う。


「その根拠は?」


サヤちゃんは呆れ顔で首を振り、ズバリ言ってのけた。


「その気のない女を無理やり口説くほど、相手に困ってない!」

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