意地悪な副社長との素直な恋の始め方
この家は、彼にとってただの「家」じゃなく、「好きなひと」と暮らす家だ。
その大事な場所を奪うなんて、できない。
わたしの「恋」と呼んでいいかどうかさえ定かではない淡い不確かな想いより、朔哉の抱いている、「恋」と呼ぶことができない想いの方が何倍も重く、大きい。
わたしの方が簡単に諦められるはずだし、何もなかったことにして、これまでと変わらず、いがみ合うにわか兄妹でいればいい。
朔哉だって、それを望んでいるはずだ。
そう思ったのに、なぜか朔哉は嘲りの笑みを浮かべた。
「大したことない? あんなに、感じまくっていたくせに?」
「なっ……そっ……そんな、ことっ」
赤裸々に事実を指摘され、カッと全身が熱くなる。
「いまだって……シてほしいんだろ?」
立ち去るかわりに、朔哉はわたしの部屋へ足を踏み入れた。
「ち、ちが……っ!」
「何がちがうんだよ?」
後退りしたわたしの両腕を掴み、壁に押し付けて覗き込む。
「そんな顔で否定しても、説得力はない」
熱い吐息を唇に感じるほどの距離で囁かれ、クラクラした。
心の奥で、キスを、その先をねだりたいと本音が叫んでいるけれど、首を横に振るだけの理性は、かろうじて残っていた。
朔哉は、頑なに首を振るわたしに対し、苛立ちもあらわに舌打ちすると吐き捨てた。
「いまさら真面目ぶるなよ? たかが、セックスだろ」
「…………」
自分で言った言葉に傷つくなんて、思わなかった。
咄嗟に目を伏せ、顔を背けたのは防衛本能からだ。
潤んだ瞳で見上げるなんて、媚びた真似はしたくない。
未だ形にならない「恋」を諦めるなら、そんな真似はしちゃいけない。
「なぁ、偲月。本当に……忘れられると思ってるのか?」
耳元で囁く声は、これまで聞いたことがないほど甘かった。
きつく腕を掴んでいた手が寝間着代わりのTシャツの中へ潜りこみ、背中を這い上がる。
首筋から肩へ、肩から鎖骨へ、デコルテへと押される熱い刻印に、震える吐息を漏らしそうになる唇を引き結ぶ。
一度、胸元に軽い痛みを与えた熱は、喉、顎、頬、鼻、額と辿り、頑なに引き結んだ唇に落ちる。
「偲月」
舌先で唇をなぞられても、解くのを拒んでいたら、湿ったまつげに唇が触れた。