意地悪な副社長との素直な恋の始め方
美味しい時間、美味しくない偶然
******
(ま、マズイ……やっぱり遅刻……する)
歩きながらスマホの時計を確認し、ますます焦る。
なんとか定時に退勤した足で、駅前のスマホ修理を請け負うショップに立ち寄り、無事、スマホは復活を遂げた。
しかし、思っていたよりも時間が掛かってしまい、あと三分で待ち合わせの時刻だというのに、目的の店が入る商業ビルまで、まだ三百メートル以上はある。
全力疾走したいところだが、タイトスカートに七・五センチのハイヒール。しかも、上から下まで全身高級ブランドを身に着けている状態ではそうもいかない。
ヒールを折るとか、転んでジャケットやスカートを破く……なんて悲劇が、起きかねない。
(社会人として、ひとしてどうかと思うけど、でも、弁償できないし! ごめんなさい、流星さん!)
心の中で平身低頭で謝りつつ、可能な限りの早足でお店へ向かう。
地図に書かれたコンビニと薬局をようやく通りすぎて、軽く息切れしながら目指す看板を見つけた目が、思いがけない姿を捉えた。
(あれって……)
ビルの入り口付近に立ち、ひと待ち顔で辺りを見回しているのは、流星だ。
驚いて立ち止まったわたしに気がつくと、笑顔を見せて歩み寄る。
「偲月! 迷わなかったか?」
「う、うん、あの、ごめんなさい、遅刻して。外で……待ってたんですか?」
てっきり店の中で待っていると思っていたので、申し訳なさ倍増だ。
「いや? 店にいたんだけど、看板がわかりにくいから、もしかしたら見つけられないかもしれないと思って」
「すみません……」
「謝ることないだろ、べつに。遅れるかもって、あらかじめ聞いてたし。店は地下だ。階段、急だから気を付けろよ? 手、繋ぐか?」
「い、いえ、大丈夫です」
(し、紳士……。基本的に行動が優しいとは思っていたけど、計算じゃないよね? コレ)
女子扱いされる新鮮さに、どれほどこういうシチュエーションから遠ざかっていたのか思い知る。
朔哉も、車のドアを開けてくれたり、お店に入る時もさりげなく先に通してくれていたけれど、エスコートされるというよりも、普段の暴君ぶりのせいか、意のままに操られている感が拭えなかった。
(っていうか、わたし、退社する時に化粧直ししてない! 早足で来たせいで若干汗ばんでるし! 髪も乱れてる……。なんか、いろいろダメじゃない? 女子力低すぎるわ……。目の前に見苦しい恰好の相手がいたら、流星さんだって食事を楽しめないでしょうに……)
シゲオがこの場にいたら、「出直して来い!」と叱るレベルだ。
デートではないけれど、食事を奢ってもらうのに身だしなみも整えないなんて、社会人としてあるまじき非礼。注文したら、真っ先に化粧を直そうと決意しつつ、無事階段を降りきった。
狭い通路の突き当りには、大きな赤い扉があり、『中華飯店 月亮』と金文字で書かれた看板が掲げられている。