意地悪な副社長との素直な恋の始め方
「ま、バカップルの話は、どうでもいい。事務所の所長から、明後日の夜、面接を兼ねてカメラテストをしたいと連絡があった。予定は?」
「え……だ、大丈夫です!」
あまりにも早い展開に驚いてしまったが、チャンスを逃すなんて、あり得ない。
「じゃあ、場所と時間をスマホに送る。一応、俺も同行するから」
「え、でも、そんな、忙しいのに……」
紹介してもらっただけでもありがたいのに、付き添いまでしてくれるなんて、至れり尽くせり。
あまりにも甘え過ぎているような気がして、申し訳なくなる。
「急ぎの仕事はないし、おまえの世話を月子さんから頼まれてる。俺も久しぶりに所長に会いたいんだよ」
「……ありがとう、ございます」
「ギャラとか、仕事内容は、その時々で変わるし、所長の意向もまだわからないから、なんとも言えないが……。一応、事務所のこと、ざっと説明しておくか?」
「はい」
流星が所属していたというモデル事務所は、大手ではないが弱小でもない中堅どころ。
いわゆるコマーシャル・モデルの仕事が多く、幅広い年齢のモデルが所属している。
所長の目が行き届いているので、ほどよいアットホームさがあり、マネージャーもいい人ぞろい。業界での評判もよく、クライアントからの信頼も厚い。
このまま、強みを生かして経営していけば、そのうち大手の仲間入りができるかもしれないが、モデル出身の所長の夢は、パリコレで活躍するようなファッション・モデルを育てること。
これまでは、事務所の経営を安定させることを優先してきたが、今年五十歳を迎えるにあたり、初志貫徹しようと改めて決意。
スカウトに力を入れ、ファッション雑誌やアパレル会社のオンラインショップなど、これまで弱かった分野の仕事を獲得しようと積極的に営業をかけている。
が、オーディションは連戦連敗中だという。
「偲月の外見は、コマーシャルよりはファッションモデル向けだ。俺の見たてじゃ、所長が求めている人材に近いはずだから、いけるだろ。面接は形だけ、カメラテストも問題ないとは思うが、アピールできる材料は多い方がいい。シゲオのポートフォリオ用に撮った写真も持参するといいかもな」
わたしには、パリコレモデルなんて逆立ちしても無理だけれど、とにかく全力でぶつかるだけだ。
「明日、シゲオに会う予定があるから頼んでみる」
シゲオには、スマホを修理してすぐ、月子さんへ流星と晩御飯を食べに行くことを報告すると同時に、荷物を引き取りたいと連絡した。
返事は、『OK。明日の仕事帰り、京子ママのお店にいらっしゃい』。
今日一日、高級スーツの着心地のすばらしさを堪能したけれど、いつまでも借りているわけにはいかないし、汚してしまわないか、傷めてしまわないかを気にしていては、仕事にならない。