意地悪な副社長との素直な恋の始め方
通り道の少し先にある高級イタリアンレストランから出て来たのは、夕城社長と芽依だ。
(なんで、今日、このタイミングで出くわすのよ……)
つくづく、いらない場面での自分の引きの強さにうんざりする。
仕事がらみか、プライベートかはわからないが、どちらにせよ、いまここで顔を合わせたくはなかった。
迎えの車を待っているらしく、店の前を離れる気配がない。
一旦物陰にでも隠れてやり過ごそうと思った時、ふと顔を上げた芽依と目が合った。
驚いた様子で目を見開いた彼女の顔から、笑みが消える。
(黙って……るわけ、ないよね)
見て見ぬフリをするという選択肢は、芽依にはないだろうと思った通り、「偲月ちゃん!」と呼ばれ、夕城社長もこちらを振り返る。
軽く手を上げて合図され、観念するしかなかった。
「無視は、できないだろ」
「……うん」
逃げ出したい気持ちでいっぱいになりながら、流星と一緒に重い足取りで彼らに歩み寄る。
(やましいことは何もしていないしけれど……気まずい)
顔が引きつるわたしとは対照的に、流星は俳優並みの演技力で爽やかに挨拶する。
「おつかれさまです! 夕城社長」
「おつかれさま。流星くんと偲月ちゃんが一緒なんて、珍しいね? 入社式以来、二人は交流があるのかい?」
夕城社長は、わたしと流星の組み合わせに驚いたようだが、にこやかに礼儀正しい問いを投げかけてくる。
その様子から、昨夜の一件について、何も知らないのだと思われた。
「はい。同僚の八木山の夫、日村さんと偲月は旧知の仲で、プライベートでも何度か顔を合わせる機会があって。先日の『Claire(クレア)』の撮影で一緒に仕事をしたのも、その縁です。今夜は、先日入社式の時に撮影係を務めてくれたお礼に、俺が食事に誘って、友人の店で中華を食べてきたところです。社長は、プライベートのお食事だったんですか?」
流星の問いに、夕城社長は軽く頷いて芽依に視線を向ける。
「ああ、二日遅れで、娘の誕生日祝いをしていたんだ。当日は、急な出張が入って、祝ってやれなかったからね」
「そうだったんですか。お誕生日、おめでとうございます。芽依さん」
さらりと言う流星に、芽依は笑みとお礼の言葉を返す。
「ありがとうございます」