意地悪な副社長との素直な恋の始め方
思いきり不機嫌顔をする朔哉に、流星はニヤニヤ笑いながらどう考えても挑発しているとしか取れない言い分をまくし立てる。
「あらかじめ言っておく。これから、偲月と一緒に通勤することもあるし、今夜のように二人きりで食事をしたり、気晴らしをしたりすることもある。仕事の悩み相談にも乗るだろうし、もしかしたら、その流れでプライベートの相談にも乗るかもしれない。つまり……」
(いったい、何をする気なのよー! ただでさえ拗れてる関係が、さらに拗れてガッチガチに固まって、解けなくなったら……)
最悪の展開に青ざめるわたしの横で、流星は宣言した。
「おまえより、ずっと頼りになる存在になる。でも、手は出さない。だから、安心しろ。ただし、誰を好きになるか、誰と付き合うか、選ぶのは偲月の自由だからな。俺を好きになることも、当然あり得る」
「…………」
歯ぎしりの音が聴こえそうなくらい、顎を強張らせた朔哉は、流星を睨みつける。
流星は、そんな朔哉を嘲るように歪んだ笑みを浮かべた。
「自分が信じられないなら、相手にも信じることを求めない。それがフェアってもんだろ? 相手に我慢を強いるなら、自分もそれ以上に我慢すべきだ」
朔哉の顔色が変わり、その目がわたしへ向けられた。
そこに浮かんでいるのは、疑いの色だ。
(疑って……るの?)
昨夜の件を流星に話したと思われている――そう感じ、酔って緩くなった涙腺がいとも簡単に開きそうになる。
しかし、みっともなく泣きだす前に、流星がわたしの腕を取り、自分の方へ引き寄せた。
「どっちが本物で、どっちがニセモノかもわからないなんて、相変わらず、女を見る目がねぇな? 朔哉。行くぞ、偲月」
引きずられるようにして歩き出した途端、堪え切れなくなった涙が溢れ出す。
駅まで辿り着いたところで、「タクシーで帰るぞ」という流星に、全面的に同意した。
「取り敢えず、今夜はシャワーして、もう寝ろ。いいな?」
そう命令する流星に頷いたけれど、約束は守れなかった。
塩辛い涙の味を忘れるのに、一個だけ、お土産に貰った芝麻球を食べずにはいられなかったから。