意地悪な副社長との素直な恋の始め方
朔哉がシャワーをしている間に、昨夜作っておいたおかずにプラスして、ご飯とお味噌汁を用意しようとキッチンに立つ。
たとえ短い間でも、ほぼ毎日立っていたキッチン。身体は、どこに何があるのかすっかり憶えている。
出汁のいい香りに、ちょっとした幸せを感じ、味見に摘まんだピクルスの酸っぱさに顔をしかめる――。ほんの数日前、この部屋を飛び出したのが、嘘のように穏やかな朝だ。
このまま、何もなかったことにしてしまいたい。
そんな都合のいい考えが、脳裏に浮かぶ。
何も特別なことなどない、いつもの朝を重ね、恋の情熱は穏やかな愛情へと変わり、恋人が家族になる――そんな未来を思い描くのは、難しいことではない。
けれど、動き始めてはいるものの、実際には家出する前と何も変わっていなかった。
いまのまま朔哉の傍にいても、いつか、自分の居場所を守ろうとして、卑劣なことをしてしまうかもしれない。
らしくもなく、あがき、縋り、嘘を吐いたり、邪魔するひとを陥れたりしようとするかもしれない。
必死になって、朔哉の心を捻じ曲げてでも、自分に向かせようとしてしまうかもしれない。
――芽依のように。