意地悪な副社長との素直な恋の始め方
ずっと、芽依のように、朔哉に愛されたいと思っていた。
けれど、「芽依」になれないことはわかりきっているし、いまの芽依のようになりたいとは、思えなかった。
手段を選ばず手に入れた「恋」の行きつく先に、昨夜のような朔哉の笑顔があるとは思えない。
(だからといって、潔く身を引けるかと言われると……って、沸騰しちゃう!)
湯気を立てているお味噌汁を見て、慌ててコンロのスイッチを切る。
考え事に没頭するあまり、お味噌汁を危うく台無しにするところだった。
あらかた準備を整えたところへ、着替えを済ませた朔哉が現れた。
スーツを着こみ、髪を整えた姿はいかにも仕事のできるビジネスマンだ。
とても、昨夜福山さんの膝枕で寝ていたのと同一人物には、見えない。
「……全部、偲月が作ったのか?」
ダイニングテーブルの上に並ぶ朝食を見て、朔哉が目をみはる。
「うん? 簡単なものばかりだけど?」
昨夜作り置きしたおかずを中心にご飯とお味噌汁、卵焼きを加えたいたってシンプルな朝食だ。
「この短時間で?」
「ううん、おかずのほとんどは昨夜作った。ほかにもスープとか、いろいろ冷凍庫にストックしたから、早く帰れる日には食べ、て……朔哉? どうかした? 具合悪いの? そうだ! 昨夜ナツがくれたすっごくマズイけど、すっごくよく効く二日酔いの薬があるけど、飲む?」
話している途中で朔哉の顔色が変わり、あきらかに沈んだ様子で椅子に座り込むのを見て、焦る。
鞄から、ナツにもらった薬を取り出し、水と一緒に差し出せば「いらない」と睨まれた。
「でも……」
「二日酔いじゃない。偲月こそ、ゆっくりしている時間はあるのか?」
「ない」
取り敢えず、体調が悪いわけではないらしいとわかり、ホッとしてご飯とお味噌汁を用意する。
朔哉は、二日酔いではないという言葉通り、普通に食欲はあるらしく、出したものをすべてきれいに平らげた。
「コーヒー、飲む?」
「いや、もう出る」
「今日は……」
社内に公開されている副社長のスケジュールを思い浮かべるより先に、朔哉が「出張だ」と言う。
「……へ、一泊二日」
お隣の国の名を告げ、わたしが何か言う前に、「芽依は同行しない」と付け足した。