意地悪な副社長との素直な恋の始め方
「ふ、うぅ」
胸が痛くて、苦しくて、息ができなくて、それでもキスはやめたくなくて、込み上げる嗚咽を堪えようとしたけれど、無理だった。
「……偲月。悪かった、強引にして」
朔哉は、わたしが泣き出したことに気づくと、すぐにキスをやめ、罪悪感と焦りの滲む表情で謝った。
イヤだったわけじゃないと首を振るが、俯いた朔哉は唇を引き結び、わたしを抱き下ろす。
つい先ほどまでためらうことなく触れていた手は、慎重に距離を保ち、直接わたしの涙を拭うのではなく、ティッシュペーパーを差し出した。
「偲月が、帰りたくなるまで待つべきだとわかっている。偲月がどこで、誰と、何をしようと、口を出す権利がないことも……わかっている。もう、こんなことはしない。これからは、ちゃんと距離を置く。連絡も……しないように、する」
普段の横暴さはどこへ行ったのか。
諦めモードでそんなことを言う朔哉は、唇をわずかに引き上げる。
笑ったつもりなのだろう。
でもそれは、わたしが見たい笑顔ではない。
(そんな顔、させたいわけじゃないのに……)
自分が辛いからといって、朔哉にも辛い思いをしてほしいとは思わない。
「先に出る」
スマホが鈍い音を立てて震えるのを聞き、朔哉はわたしに背を向け、玄関へ向かう。
その背は、力なく肩が落ち、元気がないように見えた。
「さ、朔哉!」
「何だ?」
「あの、」
思わず引き留めたものの、何を言えばいいのか、頭の中はぐちゃぐちゃなままだ。
オーソドックスな恋の始め方なんて、知らない。
洒落た言い回し、気の利いた誘い文句なんて、わからない。
泣き顔で言われても、ちっとも嬉しくないかもしれない。
けれど、このまま終わりにしたいなんて、思っていない。
連絡も取らず、まったく会わずにいたいないんて、思っていないんだと朔哉にわかってほしかった。
「で……デート、しよう?」
「…………」