意地悪な副社長との素直な恋の始め方

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いまから遡ること二時間前。

怪しげなモデル事務所でわたしを待っていたのは、美魔女と呼ぶのが相応しいクールビューティーなオバサマとやつれきった顔の中野さん、メイクアップアーティストとカメラマンの四人だった。

流星に連れられてやって来たわたしを見るなり、所長と中野さんの顔色が変わった。

自己紹介もそこそこに、いきなり「脱げ!」と言われ、有無をいわさぬ勢いでメイクやヘアを整えられ、ロクな説明もなく撮影へ突入。

何をどうすればいいのかわからない素人のわたしに、カメラマンの横に立つ所長が、ポージングを指示。
容赦ないダメ出しを受けながらも、主にスーツやセットアップなどのキレカワ系の服を中心に、二十着ちかくを撮影した。


「それにしても、本当によく似合ってるわね」


再び、わたしが着て来たスーツ姿に戻ると、腕組みをした所長が満足そうに頷く。

びっくりするような偶然だが、わたしがいま着ているスーツは、なんと中野さんがプレスをしている『avanzare(アヴァンツァーレ)』のものだった。

三年前に、ひっそりと立ち上げられたブランドで、おしゃれに敏感な人たちの間ではじわじわ人気が高まっているものの、知名度はいまひとつ。

その原因は、路面店を持たないオンラインショップオンリーという販売形態のせいもあるが、デザイナー兼社長がマスコミ嫌いというのが大きい。

彼の服に惚れこんでいる中野さん以下社員たちは、もっと多くのひとに彼の服を着てほしいと常々願っていて、粘り強く、辛抱強く、あの手この手で説得を繰り返していた。
そんな涙ぐましい努力が実り、ようやく秋冬の新作で大々的にお披露目をすることを承諾してもらったのだという。

同僚たちの期待を背負うプレスの中野さんは、何としても彼の気に入るモデルを見つけなくてはならなかったのだ。

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