意地悪な副社長との素直な恋の始め方
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(ね、眠い……でも、起きなきゃ遅刻する……)
人生二度目のモデル体験をした翌日。
スマホのアラームを止めようとして、昨夜連絡先を交換したばかりの中野さんから、メッセージが届いていることに気がついた。
『社長のOK出ました! なるべく早いうちに詳しい話を詰めたいと思っています。日程は、花夜さんを通じて調整させていただきます。ほんっとうに、ありがとう! 偲月さんは、わたしの救世主です♡ 中野』
昨夜は、真面目で仕事熱心な中野さんのために、みんなで食事をしながら渾身の一枚を選んで、その場でメールを送ったのだ。
(よかった……)
中野さんにとっても、所長の花夜さんにとっても、そしてわたしにとっても、望ましい展開になり、何よりだ。
上機嫌で一日を始められるのが嬉しくて、つい鼻歌を歌ってしまう。
「おはよう、偲月さん。何かいいことでもあった?」
リビングでは、今日も朝早くから起きていたらしい月子さんが、のんびりコーヒーを飲んでいた。
昨夜、わたしが日付が変わる寸前に帰宅した時には、まだ帰って来ていなかったので、何の報告もしていない。
「おはようございます。あの、昨日モデル事務所に行ったんですけど、偶然わたしが着ていたスーツのブランドプレスの人がいて、それで初仕事が決まったんです」
「よかったわね! いい縁があって、いいスタートが切れて。ふふ、今朝の偲月さんがキラキラしてるのも、納得」
月子さんは、満面の笑みを浮かべ、自分のことのように喜んでくれた。
「それと、ええと、朔哉とも……仲直りというか、少し進展があって……」
「あの子、相当凹んでたでしょう?」
「はぁ、まぁ……」
「でも、芽依さんとの関係も、ちゃんと見直し始めたみたいね。能力を活かせる場所で働くのが、本人にとっても一番いいと思うわ」
月子さんが、どうして異動の件を知っているのだろうと不思議に思ったが、答えはすぐにわかった。
「昨夜、夕城と食事したのよ。朔哉が、もうサポートはいらないし、芽依さんも落ち着いているようだから、これから繁忙期を迎えるホテル部門へ異動させるべきだと言ったらしいわ。偲月さんにも話したんじゃなくて?」
「……はい、聞きました」
「芽依さんには、夕城から伝えたそうよ。昨日のうちに、彼女は秘書課を去って、もともと予定していたポストに就いたみたい。今後、彼女と朔哉の関係がどう変化するかは、二人次第ね」
「そう、ですね」
芽依が何を思い、何を考えているのかわからないが、喜んで異動を受け入れたとは思えなかった。
そんなにあっさり朔哉の傍を離れられるくらいなら、最初から、わたしを牽制し、遠ざけようとはしないはずだ。
けれど、わたしは人事に口を挟める立場にはないし、一社員としての芽依の能力を知る、夕城社長と朔哉の判断は正しいのだろう。