意地悪な副社長との素直な恋の始め方
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(うーん、仕事帰りに気軽に寄れるようなホテルじゃないわ……)
緑あふれる公園の一角に佇むホテルは、さすが「特別な日に利用したい」と思わせる贅沢な造りだった。
出入り口にはベルボーイが立ち、お客さまを迎え、見送り、と絶えず目を配っている。
広々としたロビーには美しい生花や観葉植物が飾られていて、大きめのソファーは見るからに座り心地が良さそうだし、ウェルカムドリンクのサービスもあるらしく、チェックインを待つお客さまがくつろぐ姿が見受けられた。
一階と二階にある高級レストランやバーも人気があるようで、ドレスアップした年配のカップルや少しおしゃれした若い女性たち、プロポーズでもしようというのか、薔薇の花束を持った男性がロビーを横切り、優美な曲線を描く階段を上っていく。
(憂鬱な気分で、こんな贅沢なホテルを利用するのなんて、わたしくらいかも……)
そんなことを考えながら、フロントでルームキーを受け取って、四基のうち一番奥のエレベーターに乗り込んだ。
カードキーをかざすと自動的に部屋がある階へ向かう。
ほんの数秒後、到着したフロアにドアはひとつしかなかった。
最上階には四タイプのスイートルームがあり、四基のエレベーターはそれぞれに対応しているので、プライバシーは完全に確保されているらしい。
セフレには場違いなホテルだと思ったけれど、人に言えない関係には、うってつけの仕組みとも言える。
「ごめん、朔哉。ちょっと遅れて……」
「遅い!」
「え? ちょ、ちょっとっ!」
ルームキーを使ってドアを開け、リビングに足を踏み入れるなり、腕を掴まれた。
そのまま、引きずられるようにして奥のベッドルームへ連れていかれる。
放り出されたベッドはほどよいクッションで、寝心地がとてもよさそうだ。
さすがスイートルームだと思いながら、馬乗りになった朔哉へ言い返す。
「何するのよっ!? 五分遅れただけじゃない」
待ち合わせに遅れてしまったのは事実だけれど、こんな雑な扱いを受けなければならないほどの大遅刻じゃない。
「五分も、だ」
「本社ビルからここまで最短で来たのに!」
「それでも、遅刻は遅刻だ」
「だって、」
「言い訳するな」
「しご……と……」
不機嫌丸出しの朔哉は、わたしの反論を封じるように唇を重ねた。
唇を割られ、舌と舌が触れ合えば、あっけなく身も心も、彼の言うなりになってしまう。
キスが深くなり、肌を合わせるのに遮るものがなくなれば、理性も常識も、溶けて消えて、なくなっていく。
「……シャワー」
「あとでいい」
「や……んっ」
広い背に腕を回し、抱きしめれば、誂えたように互いの身体がぴたりと馴染む。
甘い言葉を囁くこともなく、欲望を満たすことだけを追求する彼に翻弄されるのは、いつものこと。
自分がなぜここにいるのかなんて、考えるまでもなかった。
消えることのない飢えと渇きを満たすためだ。
苛立ちのせいか、朔哉はいつも以上に性急で、彼の不在で生まれた空白が急速に埋め尽くされ、息をするのもままならない――。
「……きっ……し、づ……偲月っ」
やや乱暴に揺さぶられて目を開ければ、焦った表情の朔哉がこちらを覗き込んでいた。
「さ……くや?」
「驚かせるな。この程度で気絶するなんて……」
「え……あ……ああ、久しぶりだったから……」
ほんのわずかな時間だが、意識を失っていたらしい。
ぼんやりしながら答えたわたしに、朔哉は怪訝な顔をした。
「久しぶり?」