意地悪な副社長との素直な恋の始め方
「偲月ちゃん、カレシいないなんて言っておきながら、実はいるんでしょう? 週末に誘ってもダメなんて、そうとしか思えない!」
「いや、本当にいないってば」
サヤちゃんの週末の誘いをお断りしているのは、合コンに興味がないということもあるけれど、趣味に忙しいからだった。
人が写り込む心配をせずに景色を撮るためには、早朝撮影が最適。
風光明媚な場所では、熾烈な場所取り合戦に勝たなくてはならないから、日も昇らぬうちから活動を開始することもしばしば。
野生動物を撮るには、その行動範囲を把握して、何日も張り込まなくてはならない。
高飛車な悪女役が似合うと言われる顔立ちには、まったく似合わぬ趣味だと自覚しているけれど……子どもの頃から、休日と自由になるお金を、カメラとそれにまつわるものに注ぎ込んできた。
***
わたしがカメラ――「写真」と運命の出会いを果たしたのは、小学五年生の時。
母親の恋人である自称フォトグラファー(コウちゃんと呼んでいた)の撮った写真に衝撃を受けたのが、きっかけだ。
ある少女をアップで撮ったモノクロの写真。
――それは、数日前のわたしだった。
転校したばかりの小学校で、うわばきを隠されるという古典的な嫌がらせを受け、ムカムカしながら帰宅する途中で彼にバッタリ会い、一枚撮られたのだ。
険しい表情のわたしは、怒っている。
でも、写っていたのは、それだけではなかった。
レンズ越しに彼を睨んだ瞳の奥にある、悔しさと心細さ、不安定に揺らぐ心までもがくっきりと写し出されていた。
『ね、すごいでしょう? レンズを通すと、見えている以上のものが現れるんだよ』
彼は魔法使いで、カメラは魔法の道具のように思われた。
売れっ子とは程遠く、あまり仕事のない彼は、よほどひまだったのだろう。
わたしが興味を示すと、古くさいフィルムカメラの扱い方やアングル、シャッタースピード、コントラスト等々、ごく初歩的な撮影技術のアレコレを教えてくれた。
そんなコウちゃんが母の恋人だったのは半年限り。
狭いアパートを身一つで出て行く時、彼はわたしに一台のレトロなカメラをくれた。