意地悪な副社長との素直な恋の始め方
青ざめた芽依の瞳は潤み、大粒の涙が頬を伝い落ちた。
「わたし、偲月ちゃんのせいで、妹でいることすらできなくなった」
何も、言えなかった。
何を言っても、言い訳にしかならないから。
嘘を吐いて、誰かを陥れることはしなかったけれど、芽依への想いに苦しむ朔哉に付け込んで、危うい均衡を壊した。
無意識ではなかった。
しかたのないことでも、なかった。
やめようと思えば、やめられた。
それなのに、やめようとした朔哉を引き留め、唆したのは、彼のためでも、芽依のためでもない。
自分のためだ。
「もう、お兄ちゃんを振り回すのは、やめて。偲月ちゃんは、いつもお兄ちゃんに迷惑をかけて、助けてもらってばかりいるくせに、ちっともお兄ちゃんの役に立てないじゃない」
「…………」
「足を引っ張るだけなら、傍にいない方がいい。今日、お兄ちゃんから連絡がなかったのは、会いたくないからでしょ? それなのに、マンションまで押しかけて、勝手に入るなんて……。自分から出て行ったくせに、厚かましいと思わないの?」
芽依の的を射た非難が、胸に突き刺さる。
一緒にいたい、会いたいと言う朔哉に、我慢を強いておきながら、自分はこうして押しかけている。
「お兄ちゃん、ただでさえ過労気味なのに、偲月ちゃんのせいで睡眠不足だし、食欲もない。それなのに、今夜と明日の予定を空けようと無理をして……。熱があって、寝ているの」
「熱? え、だい、大丈夫なの? 朔哉の具合は……」
「お医者さまの診断は、過労。休養を取るのが一番の薬だって言うし、起こしたくないから、帰ってくれる? 指紋認証の登録も消してもらうから、もう二度とここに来ないで。さっさと会社も辞めて、お兄ちゃんの前から消えて」