意地悪な副社長との素直な恋の始め方
「飲め。その勢いで泣いてると、確実に脱水症状になる」
押し付けられたのは、コーヒー牛乳。しかも、二百ミリリットル入りの紙パック。
意外なチョイスに思わずその横顔を見つめてしまう。
「んだよ、俺は飲み物は甘党なんだよ。悪いか?」
「いえ……」
ストローを通して呑み込んだコーヒー牛乳は、懐かしい甘さで、何となく胸の痛みが和らぐ気がした。
運転席に座る流星は、スマホでしばらく誰かとメッセ―ジの遣り取りをし、わたしがコーヒー牛乳を飲み干してから、エンジンを始動させた。
「この車、流星さんの……?」
国産の白いセダンは、あまり若者が乗りそうにない車種だ。
「いや。社用車だよ。明日、現場直行なんだよ。あんまり運転すんの好きじゃねーから、いつもは別の交通手段を使うんだけど、今回の取材先は山ん中の温泉旅館で、あいにく送迎バスは予約の宿泊客で埋まってるって言うんで、しかたなく、だ」
「運転するの好きじゃないって、どうして?」
車線変更やブレーキングはスムーズだし、運転が苦手なようには見えない。
「運転してると、ぼんやり窓の外の風景を眺めたりできないだろ? 飛行機で目的地にひとっ飛びじゃなく、各駅停車でのんびり、少しずつ目的地に近づいて行く方が、好きなんだ」
コーヒー牛乳の効能か、涙が止まり、晴れた視界に飛び込んで来た標識に目を瞬く。
「どこへ、行くの?」
「着いてからの、お楽しみ」
「…………」
行く先もわからないまま、「お楽しみ」にはなれないとその横顔を見つめれば、流星は溜息を吐いてタネあかしをしてくれた。
「海から昇る朝日を見て、温泉宿で露天の朝風呂、和朝食付き。日本庭園、有名な写真家のギャラリーも近くにある。即席にしちゃ、なかなかいいデートプランだろ?」
「デート……」
「んな、警戒すんなって。ラブホも、ビジホもなし。車中泊だ。その気もない女を抱く趣味はねーよ」
「だ、……」
「でも、その気になったらいつでも言えよ? ちゃーんとご要望にはお応えしてやっから」
「ならない」
「……即答かよ」