意地悪な副社長との素直な恋の始め方
**
昨夜、何度か休憩を挟みながら辿り着いた先は、季節外れの海水浴場だった。
今回の取材先である温泉旅館は、ここから一時間ほどの場所にあるらしい。
途中、コンビニで食料やらお泊りセットやらを買い込んでの車中泊は、座席がフラットになる仕様のおかげで寝苦しくはなかった。
けれど、目をつぶれば涙を流す芽依の姿が浮かぶし、体調を崩しているという朔哉の具合も気にかかる。
熟睡できるはずもなく、日の出時刻に合わせてセットしたアラームが鳴る前に、ひとり起き出した。
「ふああぁ……少しは、眠れたか? 偲月」
「え? う、うん」
声をかけられ、振り返った先では、流星が大きく伸びをしていた。
夜通し運転して疲れているだろうと思い、起こさなかったが、彼は彼でアラームをセットしていたようだ。
「この景色を見られるなら、毎日早起きしてもいいな……」
目を細め、空と海を染める朝日をしばらく眺めていた流星は、ふとわたしが手にしているスマホを見て、顔をしかめた。
「もしかして、カメラ持ってないのかよ? それならそうと、早く言え」
一旦車に戻った流星は、デジタル一眼レフカメラを手にし、裸足になって波打ち際に立つわたしに歩み寄る。
「ほら、使えよ」
「でも、これ社用じゃ……」
「ちげーよ。八木山の私物、日村さんのおさがりだ。メモリーカードも、ハイスペックな自前。今回の取材、周辺の景色も紹介する予定だから、遠慮せずに撮っていーぜ?」
「あ、ありがとう!」
奪うようにしてカメラを貸してもらい、すかさず構える。
刻々と色を変える空と海の様子を、出来る限り隅々まで捉えたい。
太陽が虹色の変化を辿って空の色を青に染めるまで、約三十分。
露出を調整しながら、夢中で撮影し続けた。
(うん……もういいかな)
満足のいくものが撮れた手えごたえと共に、構えていたカメラを下ろす。
「満足したか?」
流星の問いに、思い切り頷く。
「した!」
「……いい気分転換になったか?」
「……うん」
撮影している間、眠れないほど動揺し、悩んでいたことなど、すっかり忘れていた。
塞いでいた胸を潮風が吹き抜けたおかげか、いつの間にか、呼吸も楽になっている。