意地悪な副社長との素直な恋の始め方
今回の出張では、来月に控えている彼女の誕生日に備え、ヒアリングもして来たのだろう。

仲の良い兄妹は、毎年お互いの誕生日を二人きりで祝う。
再来月の朔哉の誕生日は、芽依がプランを立てるはずだ。
昨年はスペインまでフラメンコを見に行ったらしい。


(それにしても、相変わらず完璧な猫かぶりだこと……)


冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出そうとして、狭い庫内に押し込められている白くて四角い箱が目に付いた。

箱にかかる赤いリボンには、有名なパティスリーの名が印字されている。


(芽依のバースデーケーキの味見?)


念には念を入れる朔哉らしいと思った耳に、五年ほど前に人気を博した映画のタイトルが飛び込んで来た。


「…………? 何年か前に流行った映画じゃないのか? ああ、リメイク版か」

(え……?)


心臓が跳ね、朔哉の声が急速に遠のいて、ぼやけた視界に見えるはずのないものが映し出される。

似合わないワンピース。繋いだ手。振り返ることなく去って行く背中。食べかけのケーキ。
どこにも、誰にも繋がらない電話。冷めてしまったカフェオレ。


そして、雨。


「偲月?」


はっとして瞬きすると、いつの間にか電話を終えていた朔哉がこちらを見つめていた。


「な、何でもない」

「で、なぜ、受付にいた? 誰が社外の人間と接するポジションで働けと言った?」


棘の感じられる声は、芽依と話していた時とは別人のように冷たい。


「受付の人間がみんなダウンしたせいだって言ったでしょ。別に、やりたくてやってるわけじゃない。仕事で何かあればカバーし合うのは当然。咎められる筋合いはないと思うけど」

「だとしても、度を越して愛嬌を振りまく必要はないはずだ」

「どういう意味よ?」

「F商事、Dコーポレーション、YKコンサルの担当者や営業、C商事の工藤部長にまで、貢がせているらしいな?」

「み、貢がせっ!? ちょっとした差し入れを貰っただけでしょ! 一番高いものでもマカロンだしっ!」

「ちゃっかり自分の好物をねだるのは、確信犯だろうが。おまえは目を離すとすぐにトラブルを起こす。どうして、大人しくしていられないんだ?」

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