意地悪な副社長との素直な恋の始め方
月子さんに、「いまの自分にないものばかりを数えなくてもいい。いまの自分が持っているものを大事にしなさい」、そうアドバイスされた。
でもそれは、「いまの自分にないもの」を諦めるという意味じゃないのだと、いまさらながらに気がついた。
月子さんが本当に言いたかったのは、「いまの自分にないもの」のせいで、「いまの自分が持っているもの」さえ見えなくなって、自信をなくさないでほしいということだ。
いまの自分にないものでも、これからの自分には「ある」と言えるように、少しずつ付け足していけばいい。
そう悟ったら、「やるべきこと」と「なりたい自分」が自然と結びついた。
幸い、周りにはお手本にしたい「師匠」が何人もいる。
コウちゃんをはじめ、月子さん、花夜さん、シゲオ。
わたしがすべきことは、アドバイスに耳を傾け、背中を押してもらい、喝を入れてもらいながら、全力で取り組み、少しずつでもいいから結果を残すことだ。
できるかできないかを考える時間があるくらいなら、まずはやってみる。
撮れるか撮れないか考えているだけでは、何も残らない。
シャッターを押さなければ、何も写し出せない。
そうして、とにかくやれること、やりたいと思うことを実行に移し続けて、あっという間に一か月が経った。
(Tシャツは……インしたし。スニーカーにしたいところ、パンプスで。メイクは、アイメイク以外は控えめに、髪は緩いアップで抜け感アリで……)
撮影道具を詰め込んだリュックサックを背負い、玄関の姿見で最終チェックをする。
花夜さんには「前、後ろ、横、足元まで、トータルでその服を着こなせているかを確かめてから、家を出なさい」と口を酸っぱくして言われている。
「ね、偲月。その服、『avanzare』の?」
冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターを飲みながら、ナツが訊ねる。
「うん」
「普段から着るように言われてるの?」
「そういうわけじゃないけど、モデルはブランドの広告塔だし、自分でも似合うと思える服を着れば、気分が上向くでしょ?」
「そうだね。すっごく、似合ってる」
「……ありがと」
ジーンズにTシャツというシンプルなスタイルにも、『avanzare』らしさが詰め込まれている。
計算されたカッティング。丁寧な縫製に、こだわりの素材。
すべてが絶妙なバランスで組み合わされ、さりげない配慮で着る人の魅力を引き立てる。
特に、小さなロゴが入っただけのTシャツは人気が高く、売り切れ状態で入荷まち。
そんな稀少なアイテムをこうして着られるのは、朔哉が買ってくれたからだった。