意地悪な副社長との素直な恋の始め方
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指定された時間の十分前、本日の撮影現場であるカフェに到着。
遅刻ではないけれど、すでに撮影準備は整っていて、仁王立ちの花夜さんに出迎えられた。
「おはよう、偲月。ちゃっちゃと撮るわよ」
「おはようございまーす! 了解でーす!」
所長として、営業やらクライアントとの打ち合わせやらで、とても忙しいはずの花夜さんだが、わたしの教育係兼マネージャー役を引き受けてくれていた。
「よろしくね? 偲月さん」
「よろしくお願いします、中野さん。あ、そのシャツ、わたしも色違いで持ってます!」
プレスの中野さんは、初対面の時とは別人のように生気を取り戻していた。
スモーキーベージュのシアーシャツにブラックのパンツという、抜け感のある着こなしが、大人の女性らしい色気を感じさせる。
「ほんと? これ、わたしのイチオシなのよ。色味を抑えればルーズになりすぎないし、オンでもオフでも活躍してくれる、万能アイテム」
「羽織りで使うのもいいですよね」
「そうそう! スカートと合わせるとより抜け感が増すし……って、長話してる場合じゃなかった。ヘアメイク、着替えはバックヤードのスタッフルームだから」
「はーい」
バックヤードでは、ヘアメイク担当が待ち構えていて、あっという間にわたしを「モデル」らしく整えてくれる。
プロの技によって僅かな粗も打ち消され、まとめていた髪を解かれて、無造作と色っぽさが同居する絶妙な感じに仕上げられた。
メイクは、ダークな服の色合いに合わせた秋っぽい暖色系だからか、表情が柔らかく見える。
準備が整えば、撮影だ。
カメラマンの浜本さんや中野さん、花夜さんの指示を受け、着替え、ポーズを取り、動き、また着替え……と、怒涛の勢いで進んでいく。
夏を迎えつつあるのに、秋冬物の服を着て撮影するのは違和感が満載だ。
けれど、撮影した写真が雑誌に、WEBに掲載されるまで、多くのひとの手と作業を経なければならないのを考えると、これでもかなりギリギリの日程らしい。
「偲月さん、もうちょっと右に……うん、そう! それ!」
「大胆に、動いてみて」
「ジャケットの前、開けようか」
「インナー取り替えて!」
「髪、アップにしてみよう」
撮影が始まってから一時間半後。
「これで最後です! 画像チェックしましょう」
中野さんの一声で、スタッフ一同集まって、タブレットを覗き込む。