意地悪な副社長との素直な恋の始め方
「トラブルって……」
芽依のように、明確な目標も夢もなく、何の取り柄もない三流大学出身のわたしでは、彼女の足元にも及ばない。
けれど、どんな仕事でも手を抜いたことはないし、無遅刻無欠勤で真面目に働いてきたつもりだ。
上司や同僚とも関係は良好だし、拾ってくれた朔哉の顏に泥を塗るような失態は犯していないはず。
いかにもおバカで軽薄に見えるかもしれないけれど、中身はちがう。
朔哉は、わかってくれていると思っていた。
でもそれは、単なるわたしの願望で、幻想でしかなかったらしい。
思わず自嘲の笑みがこぼれそうになったが、笑った拍子に別のものまでこぼれ落ちてしまいそうで、歯を食いしばった。
「いっそのことクビにしたら? その方がすっきりするでしょ」
「そうしたいのは山々だが、他所でトラブルを起こされるよりはマシだ。少なくとも、社内なら、事前に手を回すことも、尻拭いすることも難しくないからな。本当に、同い年でも…………」
はぁ、とこれ見よがしに溜息を吐いた朔哉が、トドメのひと言を呟いた。
「芽依とは、大ちがいだな」
そのひと言は、予想以上に大きく、深く、わたしの胸を抉った。
張り詰めていたものが、いまにも千切れて、バラバラになってしまいそうだった。
(ダメ……泣くんじゃない……いまは、まだ……泣かない。泣きたく、ない)
ありったけの気力と意地を振り絞って、強張った頬に笑みを刻む。
「ご期待に添えず、申し訳ございません。二度と、副社長のお手を煩わせることがないよう改めます」
朔哉は、慇懃無礼なわたしの態度にむっとした表情を隠そうともせず、ベッドから立ち上がり、バスルームへ向かう肩越しに命令した。
「まだ、話は終わっていない。逃げるなよ?」
(言われなくても…………逃げるに決まってるじゃない)
その背がバスルームに消えると同時に、床に散らばる服を拾い上げる。
一分一秒でも早く、ここを出ていかなければならなかった。
何もかも、さらけ出してしまう前に、立ち去らなくてはならない。
ただし。
たとえこれまでの人生の中で、まちがいなくワーストワンに輝く最悪の誕生日でも。
たとえ心がボロボロでも。
見た目までボロボロだなんて、惨めすぎる。