意地悪な副社長との素直な恋の始め方

姿見の前で、皺だらけのスカートがまくれ上がっていないか、ブラウスのボタンが互い違いになっていないかをチェックしようとして、思わず顔をしかめた。


「ダッサ……」


ブラウスの胸元の空き具合も、フレアスカートの丈の短さもだいぶ控えめの服たちは、「わたし」にまるで似合っていなかった。

はじめは意識して。
いまでは無意識に、自分に似合うものではなく、「彼」が好きな「彼女」に似合う恰好をするようになっていた。


そんな自分が、ひどく滑稽に思われた。


(いくら真似したって……ニセモノは、ニセモノ。本物にはなれない)


堪えているものが溢れないよう、必死にまばたきするのを我慢する。
いま、一滴でも涙をこぼしたら、きっと立っていることもできなくなるだろう。

唇を噛みしめ、わたしの趣味ではない三センチヒールのフェミニンなパンプスを探すが、どうしたことか片方しか見当たらない。


(どこ行ったのよっ!?)


床に這いつくばり、ベッドの下やソファーの隙間を覗き、クローゼットの中を覗き……そうこうしているうちに、バスルームから微かに聞こえていた水音が途絶えた。


(もう、いいっ!)


靴を履くのは諦めて、落ちていた鞄を拾い上げ、裸足で部屋を出る。
エレベーターで一階へ下り、そのままエントランスを突っ切った。

自動ドアの向こう、車寄せに停まっていたタクシーに乗り込んだ途端、張り詰めていたものが切れる。


「いらっしゃいませ、こんば……」


運転手は一度振り返ったが、即座に礼儀正しく前を向き、事務的に訊ねた。


「どちらへ行かれますか?」

「……〇×町……△丁目っ」


鼻を啜りながらアパートの住所を告げれば、静かに車は走り出す。


(裸足でホテルから逃走するなんて、いい年した大人のやることじゃない……。こういうところからして、芽依とは大ちがいなんだろうけど)


何をしたって、
何をしなくたって、
わたしは「セフレ」以上には、なれない。

そんなこと、とっくの昔にわかっていた。


(なのに、性懲りもなく期待するなんて……バカとしか言いようがない)


すれ違う車のヘッドライトに照らし出されるのは、苦い思い出。

身体を重ね、時を重ねれば、いつかは「恋人」になれるかもしれない――。

そんな都合のいい夢を見ていた、十八歳の誕生日の思い出だった。

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