意地悪な副社長との素直な恋の始め方
シゲオは、「寝癖くらい直しなさい!」「日焼け止め、ちゃんと塗ってたの?」「唇が、カサカサじゃないの!」などと粗を見つけては、わたしを叱り飛ばしたが、やはりプロだ。
たった三十分で、いまだかつてないくらいのハイクオリティモードに、わたしを仕上げてくれた。
艶肌に映える、ボルドーのアイシャドーにブラウンのアイライン、リップは赤。
月子さんに貰ったピアスともマッチしている。
低めの位置で髪をまとめたおかげで、首周りがすっきり見えるし、きちんと感がアップ。
最後の仕上げは、控えめに赤を主張する八・五センチヒールの黒いパンプスだ。
「我ながらいい出来だわ。これなら、どんなイケメンもハートを奪われるはずよ!」
「バッチリね! 時間がないから、詳しくは車の中で説明するわ」
無事、シゲオと花夜さんのお気に召す姿に変身し、事務所のスタッフが運転する車に乗り込んだ。
花夜さんの説明によれば、今回オファーがあったのは、とある大企業から。
自社が今後展開するプロジェクトで、専属モデルを探しているらしい。
季節ごとに撮影を予定。ショーのように見物客のいる前で、あちらが指定する衣装を着ることもあり得るし、雑誌やWEB、場合によってはテレビでCMを流す可能性もある。
まだ、モデルのタマゴと言うのも憚られる身に降って湧いた幸運は、嬉しさより戸惑いが勝る。
「でも、どうしてわたしに……?」
「それは、あちらに訊かないとわからないわ。でも、有力な筋からの情報によれば、これから会う相手は、媚びや色気が通用する相手じゃない。むしろ、悪女顔に相応しい、高飛車で、ふてぶてしいくらいの態度の方が、興味をそそられるそうよ。だから、自信なさそうな言動は一切NG。わかったわね? 偲月」
「……はい」
と返事をしたものの、もともとない自信をあるように見せるなんて、月子さん並みの演技力が必要では……と不安が一気に押し寄せる。
(今回の仕事を落としたら、次があるかどうかわからない。だから、何としても取りたい。けど、高飛車で、ふてぶてしいくらいの態度に興味をそそられるって……マゾ?)
打ち合わせで顔を合わせるのは、大企業の、それなりの地位にある人のはずだが、変わった趣味の持ち主なのか、気になる。
ハイヒールで踏んでほしい……なんて、言い出さないことを祈るばかりだ。
(だって、悪女なのは顔だけだし。女王様でもないし……)
どんな人なのだろうと想像をたくましくしているうちに、目的地に到着。
タクシーから降り立って、何だか見覚えのある場所だ、とエントランス横の壁に埋め込まれたネームプレートを見て、硬直した。
「あの、花夜さん……オファーを寄越したのって……?」
心臓がいまにも胸を突き破って飛び出してしまいそうなくらいに、動悸が激しくなる。
ネームプレートを指さすわたしに、花夜さんは大きく頷く。
「偲月の古巣。『YU-KIホールディングス』よ」