意地悪な副社長との素直な恋の始め方
わたしたちを出迎えたのは意外な人物。
ベージュのジャケットに同系色のワンピースという、いつもより少しだけ大人っぽい服装をしたサヤちゃんだった。
「大変申し訳ないのですが、副社長は会議が予定よりも長引き、まだ戻っておりません。応接室で、少しお待ちいただけますでしょうか」
「もちろんです」
花夜さんの後ろに付いて歩き出し、どうしてサヤちゃんが秘書まがいのことをしているのだと訝しく思っていたら、肩越しに振り返った彼女がニッと笑う。
「なんてね。びっくりした? 偲月ちゃん。元気にしてた?」
「う、うん!」
別人のように見えたのは、演技。わたしの知る彼女で、ホッとした。
「サヤちゃんこそ、元気だった? わたしが急に辞めたせいで、いろいろ大変だったんじゃあ? ごめんね、迷惑をかけて……」
時々連絡を取り合ってはいたけれど、退職後にこうして直接会うのは今日が初めてだ。
笑顔で「頑張って!」と快く送り出してくれたサヤちゃんだけれど、わたしのせいで仕事量が一気に増え、大変な思いをしているのはまちがいなかった。
「そんなの気にしないで。ぜーんぜん、平気だから。プライベートが充実してると、仕事もやる気が出るし! 偲月ちゃんが流星さんと知り合ってくれたおかげで、合コンで出会ったひとと、無事お付き合いすることになったの。しかも、昨日プロポーズもされたしね!」
「プロポーズ……」
朔哉とゴタゴタした上に、転職だの何だので、わたしが参加できなかった合コンで、サヤちゃんの好みドストライクの男性がいたことまでは、聞いていた。
彼女のことだから、「いいな」と感じただけでは終わらないと思っていたが、ずいぶんスピーディーな展開だ。
「そ、そうなんだ。おめでとう! 今度お祝いさせてね? ところで……このフロアにいるってことは、まさか異動したの?」
以前から、秘書になって朔哉の顔を毎日拝みたいと言っていたし、もしかしたらもしかするかもと思って確認してみると、「そんなわけないでしょー」と笑い飛ばされた。
「秘書課への異動希望、倍率が物凄いんだから。そう簡単には通らないよ。今日は特別。副社長から、わたしに会いたがっているお客さまが来るから対応するようにって、言われたの」
「え……?」
「たぶんだけど……偲月ちゃんは緊張しぃだから、わたしと会えば、ちょっとは気が楽になると思ったんじゃないかな?」