意地悪な副社長との素直な恋の始め方
まさか、と思った。
けれど、案内された応接室で、サヤちゃんがコーヒーと一緒に持って来てくれたカラフルなマカロンを見て、朔哉の気遣いは本物だったと実感する。
「これ……『SAKURA』の?」
「偲月ちゃん、『SAKURA』のマカロン好きなんでしょ?」
「う、うん」
「副社長のリクエストで、オリジナルなんだって」
マカロンには、桜の花と三日月を組み合わせたモチーフに、飾り文字で「S」と描かれている。
「マカロン版オートクチュールね! 洒落てるわぁ」
感心する花夜さんに、サヤちゃんはにっこり笑って頷く。
「副社長が交渉に臨んで、落とせない相手はいない。どんなに気難しい相手でも、最終的には副社長の思う通りの契約を結ぶことになる。本気になった副社長に、『NO』と言えるひとはいない。社内では、そう言われています」
「なるほどねぇ……。簡単には落とせない相手ほど、闘争心をかき立てられるのね、きっと。覚悟した方がいいわよ? 偲月」
「え、何の覚悟?」
「やぁねぇ、そんなこと、真っ昼間のオフィスで口にできるわけないでしょ!」
シゲオに結構な力で背中を叩かれ、手にしていたマカロンを危うく取り落としそうになる。
「乱れた私生活は問題だけれど、恋の噂くらいなら、むしろプラスのイメージが付く。事務所としては、ガッツリ稼げる仕事を貰えるなら、何も言うことないわ」
「か、花夜さん、恋の噂って? あの、」
シゲオと花夜さんに意味深な笑みを向けられて、何かとんでもないことが起きそうな予感に、不安が再び湧き起こる。
ここはぜひともマカロンを食べて落ち着きたいところだが、口紅が落ちてしまいそうで、齧りつくのは躊躇われた。
(メイク崩れたら、シゲオが激怒しそう……)
お持ち帰りできないか、恥を忍んでサヤちゃんに訊いてみようと思ったら、シゲオからお許しが出た。
「マカロン、食べていいわよ? せっかく用意してくれたんだし。ちゃんとメイク直しの道具もあるし」
「ほんとっ!?」
「マカロンが心残りで、大事な話に集中できなかったら困るもの」
そんなことはない……と言いたいところだけれど、食べてもいいならそれに越したことはない。