意地悪な副社長との素直な恋の始め方
自信なさげな言動がNGならば、相手に不快感を与える表情はもっとNGだ。
やや引きつってはいたけれど、唇を引き結ぶ代わりに、微笑んで見せる。
仕事上、顔なじみであった各部長や課長は、目が合うと頷いたり微笑み返したりしてくれて、あからさまな反感を抱かれていないことにホッとした。
「お待たせした上に、呼びつけてしまい、申し訳ありませんでした」
椅子から立ち上がった朔哉は、わざわざわたしたちに歩み寄り、軽くではあるが頭を下げた。
「急なお願いにもかかわらず、お越しいただきありがとうございます」
「とんでもありません。こちらこそ、この度はとても魅力的なオファーをいただき、偲月共々身に余る光栄だと嬉しく思っています」
「それは、いいお返事を期待してもかまわない、ということでしょうか?」
「お返事は……諸条件など詳細を伺ってからに」
にこやかに、あくまでも契約条件をチェックしてからでなければ、「YES」とも「NO」とも言わないと返す花夜さんに、朔哉は「望月所長は、噂に違わず手強いですね」と苦笑いする。
「ジョージくんも?」
「わたしは偲月次第。彼女がやるなら、わたしがメイクする。それだけよ」
「ということは、全力で口説き落とす必要があるな……」
ぼそっと呟いた朔哉は、一転してにこやか、さわやかな笑みをわたしへ向けた。
「明槻さん、久しぶりだね? 新しい環境、新しい仕事にはもう慣れたかな?」
「え……は、はい」
別人のような朔哉に驚きすぎて、ぎこちない返事をしてしまう。
副社長の顔をした彼に、どんな態度で接するべきか決めかねた。
馴れ馴れしくても、素っ気なさすぎても、おかしいだろう。
かと言って、ビジネスライクな対応ができるかと言われると……。
(自信ない……)
わたしと彼の間で、適切な距離とはどれくらいだったのか、思い出せなかった。
そもそも、わたしたちの関係が、円滑でいられる適切な距離なんてあっただろうか。
とても、疑わしい。