意地悪な副社長との素直な恋の始め方


「あ、れは……流星さんは、元モデルだから。雰囲気を作るのが上手いだけ。でも、ありがとう。そう言えば、芽依はホテル部門へ異動になったと聞いたけど……」


質問されたくなければ、質問すればいい。
受け身でいると芽依のペースに巻き込まれる――そう思って、逆に問い返してみた。


「うん。直営、グループ、業務提携問わず、語学やマナーなんかのスタッフ向けトレーニングを担当しているの。忙しい時期は現場のヘルプにも入るから、ひょっとしたら偲月ちゃんと顔を合わせることもあるかもね?」


顔を合わせたくない、というのが本音だ。
でも、それを表に出すほど子どもではない。


「その時は、よろしく」

「こちらこそ」


表面上は友好的に会話を終えられると気を抜きかけたところへ、痛烈な一撃を見舞われた。


「あ、お兄ちゃん、チャペルの下見はいつにする? 平日ならほぼ空いているだろうけれど、オープン前の忙しい時期だから、早めにスケジュールを調整したいの。あらかじめシェフに頼めば、披露宴で出される料理も確かめられるし、どうせなら……」


チャペル、披露宴という言葉に頭が真っ白になる。

朔哉は、プライベートなことを仕事中に話したくなかったのか、素っ気ない態度で芽依の話を打ち切った。


「その件は、あとで秘書から連絡させる」

「わかった。それじゃ、偲月ちゃん。一緒に仕事ができるの、楽しみにしてるね?」

「う、うん」


まったくもって、思考回路は停止、身体は氷漬けにされたように硬直していたが、かろうじて引きつった笑みを浮かべられた自分を褒めたい。

芽依が去り、広い会議室に五人だけとなったところで、朔哉が「さっそく詳しい話に入りましょう」と花夜さんを促した。

流星の向かい側に、シゲオ、花夜さん、わたしが並んで座り、朔哉はラップトップを置いた中央の席へ戻る。

部屋の照明を落とした朔哉は、スクリーンにグラフやら数字やらを映し出し、何事かを説明し始めたものの、茫然とするわたしの耳を素通りしていく。

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