意地悪な副社長との素直な恋の始め方


「偲月」


不意に、花夜さんに大きな声で呼ばれ、飛び上がりそうになった。


「え……」


見れば、いつの間にか部屋は明るくなっており、スクリーンには何も映っていない。
朔哉と流星の視線は、わたしに注がれていた。


「しっかりしなさい。アンタ、この仕事が欲しくないの?」


シゲオに耳元で叱りつけられ、首を振る。


「明槻さんには、まったく興味を持ってもらえなかったようだね」


朔哉は、自嘲の笑みと共にそう断じると、手元に開いていたラップトップを静かに閉じた。


「そ、んなことは……」

「ない? じゃあ、クレアがシリーズ展開するにあたって、一番最初にデザインしたドレスの色は? ドレスのシルエットは何だった? マーメイド、エンパイア、プリンセス、ベル……」

「…………」

「まったく聞いても……見ても、いなかったんだろう?」


その通りだったから、何も言えなかった。


「残念だが……」


伏し目がちに朔哉が述べようとしているのは「今回のオファーは取り消す」という言葉だろう。

プロなら、プライベートで何があろうとも、仕事を疎かにしたりなんかしない。
芽依の言葉に動揺したせいだ、なんて言い訳にもならない。

ましてや、初となる大きな仕事を獲得できるかどうかという大事な時に、終わった恋に振り回されて集中できないなんて、それこそプロ以前の問題だ。

花夜さんが、頭が痛いと言うように額を押さえて溜息を吐く。

俯くわたしに、流星とシゲオが心配そうなまなざしを寄越しているのは感じたけれど、とても顔を上げられない。


「……アプローチの方法を見直す必要があるな」

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