意地悪な副社長との素直な恋の始め方
「…………?」
そっと顔を上げれば、朔哉は唇の端を引き上げた。
それは、さっきまで見せていた、好感度百二十パーセントのイケメン仕様の笑みではなくて、わたしが見慣れていた意地悪で、何か企んでいそうな笑みだ。
ギクリとして身体を強張らせる耳に、甘い脅迫が落ちる。
「今回のプロジェクトが成功しなければ、『Claire』との契約自体が危うくなる。どうあっても、イメージモデルを引き受けてもらわないと困るんだ」
「それは……まだ、このお話は生きているということですか?」
花夜さんがパッと顔を輝かせて身を乗り出す。
「もちろんです。ただし、彼女自身が、この仕事だからこそ引き受けたいと言ってほしい。大きな仕事がしたい、そうするのが事務所にとっても前の職場である『YU-KI』への恩返しになる、などという理由であってほしくない。だから、これから全力で口説かせてもらいます。ちなみに……いままで、狙った取引相手を落とせなかったことは一度もないので、そのつもりで」
(ど、どういうこと? 口説くって……わたしを?)
「夕城副社長の魅力に抗える人は、そうそういないでしょうね」
困惑するわたしをよそに、花夜さんは自信たっぷりの朔哉に同意するが、朔哉は眉尻を下げて力ない笑みをちらりと見せる。
「ところが、そうでもないんです。自由にさせても、束縛しても、思うように近づけない。ようやく自分のものにしたと思った途端、逃げ出す。そんな手強い相手に、何年もの間、振り回されている」
思わせぶりな言葉に、わたしのことだと思う反面、そんなわけはないとも思う。
目が合えば、いまもまだ期待せずにはいられない、往生際の悪い恋心を悟られそうで、目を逸らそうとして、流星と目が合った。
流星は、朔哉の意図が読めないのか、訝しげな表情をしている。
「夕城副社長を振り回すなんて、よほど魅力的な女性なんですね?」
「ええ。どんなに腹を立てても、どれほどすれ違おうとも、忘れるなんて無理なほどに」
「いまの台詞、そっくりそのまま相手の女性に伝えては? 情熱的な愛の告白に聞こえますよ」
「今度会ったら、そうしてみます」