意地悪な副社長との素直な恋の始め方
そんなの横暴だと言おうと開いた口は、塞がれた。
(な……んで、キス、してるの……?)
「や……」
「偲月」
「や、さく……」
拒絶の言葉を言おうと唇を開いたのが、まちがいだった。
するりと忍び込んだ舌に、こちらの舌を絡め取られる。
ここがエレベーターホールで。
少なくとも三対の他人の目があって。
朔哉は、芽依と結婚するのかもしれなくて。
だから、わたしたちは恋人同士でもなんでもなくて。
キスするような仲でも、タイミングでもない。
頭で考えていたことは、久しぶりに味わう慣れ親しんだキスで、全部どこかへ吹き飛んだ。
理性はあっという間に粉々になり、背中を伝い下りる手が腰で止まっているのに不満すら覚える。
朔哉の温もり、匂い、逞しい身体、切羽詰まったような息遣い。
五感に訴えるものに、意識が全部持っていかれる。
どうして、離れていられたのか。
どうして、それでも大丈夫だなんて思えたのか。
自分が信じられない。
服も、靴も全部脱ぎ捨てたいくらいの、どうしようもない情熱と欲望を冷ましたのは、朦朧とする意識の奥で聞いた微かな金属音。
エレベーターが控えめに到着を知らせてくれなければ、どうなっていたかわからない。