意地悪な副社長との素直な恋の始め方
「大丈夫だ。駅まで迎えに行くよ、芽依」
即座にそう言って席を立った朔哉は、わたしの食べかけのケーキたちを見下ろして、うんざりした表情をした。
「どうせ残したくないんだろ? 払っておいてやるよ」
「ゴチでーす!」
おどけてお礼を言い、言い訳もせず、振り返りもせず、店を出ていく彼の背を見送って、誰にも繋がっていないスマホをテーブルに置く。
(わたしって、女優の素質あり?)
自嘲の笑みを浮かべ、目の前のケーキにフォークを突き刺す。
さっきまでとても美味しかったケーキは、無味乾燥なものに変わり果てていたけれど、残すのはなんだか悔しい。
冷めたカフェオレで流し込むようにして、どうにか食べ終えた頃には雨が降り出していた。
(コンビニで傘を買う……のも億劫だなぁ。家に、帰るのも……)
水滴の伝う窓をぼんやり見つめながらそんなことを考えていたら、架空の電話の相手、シゲオから本当に電話が架かって来た。
『もしもーし、偲月? うちら、いまからカラオケ行くんだけど、来る? アンタ、誕生日でしょ? みんなでピザ、奢ってあげるわよ』
シゲオたちと合流し、さんざん歌い、ピザを五枚も食べて、カラオケボックスを出たのは真夜中すぎ。
終電、終バスを逃がした仲間たちと、まだ家具も家電も揃っていないひとり暮らし予定のアパートで、雑魚寝して夜を明かした。
翌朝確認したスマホには、母親から『ケーキ買って来たのに、無断外泊すんな!』という怒りのメッセージと、いくつもの友だちからのハッピーバースデーメッセージが届いていた。
――それだけだった。
朔哉からのメッセージは、一つもなかった。