意地悪な副社長との素直な恋の始め方


「約束の時間に遅れてしまって、申し訳ありませんでした」

「いや、こちらこそ忙しいのに無理を言って悪かった。このために、仕事を切り上げたんだろう?」


わたしの知る朔哉なら、まちがいなく怒るか不機嫌になるところだ。
それが、眉尻を下げ、本当に申し訳なさそうに詫びる姿に目を疑った。


(これが普通の仕事モードってこと……? 詐欺師並みに別人なんだけど)


丁重に扱われるのがイヤなわけではないが、どうにも違和感が拭えない。


「い、いえ、それは大丈夫です。遅刻したのは、完全にわたしの落ち度なので。シゲオにメイクを直してもらっていて、気がついたら約束の時間になっていて……」

「シゲオ?」

「京子ママ……『ラウンジ・バー風見』で、彼はスタッフのヘアメイクを担当しているんです。それで、わたしの撮影に協力してくれていて」

「なるほど。店で、何を撮影していたんだ?」

「実は、いま応募しようと考えているコンテストがあって、京子ママのお店のスタッフを撮らせてもらったんです」

「コンテスト?」

「大手化粧品会社が企画したもので、メイクをテーマにした写真をネット上で公開して、投票と審査員の評価の高いものが賞をもらえるっていう……」

「面白そうだな。募集中なら、サイトはもう立ち上がっているんだろう?」

「あ、はい。いま掲載されてる分だけでも、本格的な写真が多くて……」


朔哉は、鞄からタブレットを取り出し、コンテストのHPを検索する。


「これかな?」

「そうです、コレです!」

「確かにレベルが高いな。……それで、自信のほどは?」


からかうような、挑発するような、見慣れた笑みについ礼儀正しい受け答えを忘れてしまう。


「あるわけない。初コンテストだし。京子ママには、優勝するつもりで挑まないとダメだと言われたけど、入賞できればいいかなと……」

「風見さんの言うとおりだな。最初から入賞を狙っていたら、それすら無理だ」

「でも……」

「一度の挑戦で、幸運を掴める人間は多くない。諦めずに挑戦し続けることが、大事なんだ」

「いつまでも?」

「やめるのは、いつでもできる。まだ応募もしていないのに、結果を憂えてもしようがない」

「そう、だけど」

「投稿したら教えてくれ。一票入れるから」

「え」

「応援するよ」

「…………あ、りがとう、ございます」


社交辞令かもしれないけれど、わたしのやりたいことを理解し、応援すると言ってくれたのが嬉しかった。


「感謝しているなら、その微妙な敬語をやめてほしい。食事は、リラックスして楽しみたいんだ」


朔哉はわざとらしくわたしを睨み、苦情を申し立てる。


「あ。は、ええと……うん」


ちょうど話が一段落したところで、食前酒のキール、アボカドとエビを使ったカナッペが運ばれて来た。

ここは乾杯するのがマナーだろうかと迷うわたしを見透かすように、朔哉はくすりと笑う。


「乾杯は、いい返事をもらえた時にする」

「だったら、いまでも……」


そもそも、オファーを断る気はないのだと言おうとしたら、睨まれる。


「何を求められているのか、確かめもせずに引き受けるのは、その仕事に興味がないと言っているのと同じだ」

「でも、」

「まずは、食事。話は、それからだ」

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