意地悪な副社長との素直な恋の始め方
「美味しいよ? ひと口食べてみる?」
掬い上げたムースをスプーンごと朔哉の目の前に差し出す。
シラフなら、たとえひと目がなくても絶対にやらない行為だ。
が、泥酔はしていないものの、ホロ酔い以上に酔っていて、だいぶ「いい気分」になっていた。
限度を超えて飲んでしまったせいで、いつもより羞恥心だとか、自制心だとかいった大事なものが、グズグズに溶け、緩んでいたのだと思う。
頭の中は、「最高に美味しいチョコレートムースを無視するなんて、神ならぬシェフへの冒涜だ!」という妙な正義感でいっぱいだ。
「ひと口だけでも。ほら!」
「……しかたないな」
朔哉は目を見開き、躊躇していたものの、わたしに押しに負けたらしく、食べてくれた。
「ね? 美味しいでしょ?」
「……ああ。別の方法で味わった方が、もっと美味しいとは思うが」
素直に美味しいと言わないのは朔哉らしいが、にっこり笑って「美味しいね!」と共有してほしかった。
でも、ここで不貞腐れるのは、さすがに子供っぽいだろう。
一応、会話を切らさないよう、問い返す。
「それって、どんな方法?」
「そのうち教える」
「もったいぶらなくてもいいのに」
「もったいぶってるわけじゃない。時と場所を選んでいるだけだ」
「ふーん?」