意地悪な副社長との素直な恋の始め方
最初から、もう一度
******
『……偲月』
低く、艶やかな声――聞こえるはずのない声が、聞こえた。
『起きろ』
「んー……」
夢なら、もうしばらく目覚めたくないと思う。
『仕事は?』
「……な、い」
花夜さんには、最低でも週一日、丸ごとオフの日を作るように言われていた。
『モデルは、身体が資本。休みたくないと思っていても、身体は休息を必要としているものなのよ。疲れていると感じない方が、おかしいと思わなきゃ』
昔から、夢中になると脇目も振らず……という状態になりがちだった。
大学時代、風景や動物などを撮影する時には、何時間も何日も、シャッターを押す瞬間を待ち構えて過ごす……なんてことは日常茶飯事。食事や睡眠が後回しになることもしばしば。
サークルのメンバーのほとんどが似たような生活を送っていたので、それが問題だとは思わなかった。
社会人となってからは、さすがにそんなことはできなかったけれど、暦通りの勤務だったので、意図せずとも休むことはできていた。
しかし、三足の草鞋を履くいまは、自分で仕事とプライベートのバランスを取り、体調管理をしなくてはならない。
ダラダラ過ごしても心身ともにリフレッシュはできないので、掃除洗濯などの家事をこなしたあとは、カレーを作ったり、家でネット配信の映画を観たり。天気がよければ、カメラを持って散歩したりして、気分転換をはかるようにしていた。
(今日は……ランチに、美味しいカレー屋さんへ行ってみようかな……)
そんなことを考えながら、ゆっくり目覚める過程で、さまざまな違和感を認識する。
いつもとは、高さも柔らかさもちがう枕。
マットレスも、ちょっと硬い。
リネンウォーターを使っているのか、さわやかな香りがする肌触りのいい毛布。
つまり……。
引っ越して、一か月。
すっかり身体が慣れたベッドの寝心地じゃない。
(なんか、ちがう……。馴染みがあるような気もするけど、でも……いまのベッドとはちがう!)
そう断定した瞬間、目が覚めた。
「ここ……どこぉっ!?」