意地悪な副社長との素直な恋の始め方


黒こげのベーコンらしきものが投入されたフライパンの遥か上から、大胆にも卵を割り入れようとしている朔哉の腕を慌てて掴む。


「何って、卵を焼く」


わたしに腕を取られた朔哉は、むっとした表情でこちらを見下ろす。


「ど、どんな卵料理をするつもり?」

「目玉焼きだ」

「…………」

(いや、そうだとは思ったけど、でも……その高さから割り入れたら、目玉が潰れるわっ!)


心の中でツッコみを入れ、その手から卵を奪い取る。


「わたしがやる。泊めてもらったし。朔哉は着替えて来たら? あまり時間ないんでしょ?」

「じゃあ、頼む」


素直に言うことを聞いて立ち去ったのは、料理にむいていないと自覚しているからだろうか。

念のためチェックしたコーヒーメーカーは、無事に目下ドリップ中。
オーブントースターの中にいたパンは、何の問題もなく加熱されていて、焼きたての味を再現しようと頑張っている。


(コーヒーを淹れることと、パンを温めることだけはできるみたいね……って、なんか似たような台詞をどこかで聞いたような……?)


とりあえず、フライパンの隅で炭化したベーコンを取り除き、冷蔵庫にいた最後のベーコンと交代させる。
いい感じになってきたところで、卵を二個割り入れて、「目玉焼き」を作成。

スーツ姿で戻って来た朔哉の座るダイニングテーブルに運ぶ。


「どうぞ」

「偲月の分は?」

「わたしは、パンとコーヒーだけもらうわ。お昼は、ガッツリカレーを食べに行こうと思ってるから」

「誰と?」

「え? ひとりでだけど」


OL時代ならサヤちゃんと会社近くの店でランチ、というのもあり得たけれど、いまはそんな相手もいない。


「どこの店だ?」

「ええと……」


流星に教えてもらった、月子さんのマンション近くにあるインド人夫婦のやっているお店の名を挙げる。
朔哉は素早くスマホで何かを確認し、軽く舌打ちする。


「ダメだな。一緒に行けそうもない」

「は? え? なんで一緒に行きたいの?」


理由がわからずにそう訊いたら「誰のせいだ」と睨まれる。


「昨夜するはずだった仕事の話が、できなかった」


その原因には、心当たりがありすぎた。


「ええと、それは……わたしが、酔っ払った、から?」

「そうだ」


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