意地悪な副社長との素直な恋の始め方
過去にできない過去
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朔哉がなぜ「やり直したい」と言ったのか。
その理由をアレコレ考え続け、結局答えを見つけられないまま迎えた週末。
本日土曜日の撮影場所は、病院。
都心の中規模の総合病院が、現在使われていない旧病棟を丸ごと撮影用に貸し出しているらしい。
八階建ての建物の外観は少し古びているが、今回の映画の時代風景にぴったりだ。
時が止まったかのようにガランとしていた建物も、ナース服や病衣、白衣を着たエキストラが行き交うようになると、息を吹き返し、かつての姿を取り戻す。
月子さんは、エキストラたちと同じ薄緑色の病衣姿を着ているけれど、どこにいてもすぐに彼女だとわかる。
まるでそこだけスポットライトが当たっているかのようだ。
スターとかアイドルと呼ばれる人たちは、もとからそんなオーラを持っているものなのか。
それとも、積み重ねた経験や自信が、特別な輝きを与えるのか。
または、その両方を持ち合わせているのか。
特別な存在だということだけは、確かだ。
「ところで、偲月。アンタ、今日のデートは大丈夫なんでしょうね?」
すっかりヘアメイク担当のアシスタントとして現場に馴染んでいるシゲオは、俳優たちのメイクを手直ししたあと、少し離れた場所に立っていたわたしのところへやって来るなり、問い質す。
「え」
今日の十九時。駅前の時計塔で、朔哉と待ち合わせている。
そのことをシゲオに話した覚えはないのに、一体、どこからどうやって情報を得ているのか。
(顔に書いてある……とか?)
「顔が緩みっぱなし。カメラの仕事をするときはテキトーに束ねているだけの髪を巻いてるし? アイメイクもこの前のわたしのアドバイスどおりだし? 靴は、さすがに歩き回りやすいヒールの低いものだけど、色は赤。口紅も赤。偲月には赤が似合うって言われたんでしょ? それに……そのピアス。朔哉からのプレゼントね?」
「…………」