意地悪な副社長との素直な恋の始め方
もしもわたしが月子さんの義理の娘だったなら、「無理をしないで」と強く言えたかもしれない。
けれど、いまのわたしは月子さんに依頼された仕事をしているフォトグラファーというだけ。
友人、と言うのもおこがましい気がする。
「マネージャーが止めないってことは、大丈夫なのかもしれないけど。体調が悪くても演じるという本人の意思を尊重している場合もあるわね。偲月、お泊まりしてて、何か気がつかなかったの?」
「それが……昨夜は、月子さんのところに泊まらなかったの。コウちゃんの奥さん――八木山さんが切迫流産で入院することになって……。それで、コウちゃんの事務所の書類仕事とかしてたら、遅い時間になっちゃって。お泊まりはやめたの」
「それは……大変ね。赤ちゃんは無事?」
「うん。しばらく安静にして様子を見るみたい。わたしじゃ、あんまり役に立てないけど、出来る限りお手伝いはしようと思って」
「そうね。アンタなら事務系の仕事もできるでしょうし」
「それなりに、だけどね」
コウちゃんの事務所は、表向きコウちゃんひとりでやっている形をとっているが、事務仕事はほぼ八木山さんが担っていた。
彼女が入院した現在、クライアントとのスケジュール調整や仕上がった写真の発送、入金確認、経費の精算、支払い等々、疎かにも後回しにもできない仕事は、コウちゃん自身がしなくてはならないのだが……。
入院を知ってお見舞いに行ったところ、コウちゃんは面倒がって領収証やら請求書やらを溜め込むにちがいないから、確かめてくれないかと八木山さんに頼まれた。
実際、事務所に戻ってコウちゃんを問い詰めると、彼女の読み通り、次々と領収証やら請求書やら見積書やらが出て来て、それらを片付けるのに真夜中近くまでかかってしまったのだ。
月子さんには、忙しいのに無理をすることはない。今日の撮影には来なくてもいいと言われたけれど、出来る限りいろんな彼女の姿を見たかったので、現場に直行。
到着した時には、すでに撮影が始まっていたため、まだ挨拶すら交わせていなかった。
「確かに、ちょっと顔色悪いな……。ただ、このシーンは手こずるだろうと本人もオヤジも、最初からわかってたんだ。NGの嵐は、想定の範囲内っちゃあ、範囲内だな」
「最初からわかってたって、どういうことよ?」
シゲオの疑問は、わたしの疑問でもあった。
流星は、黙ってジーンズの後ろポケットに挿していた台本を差し出す。
シゲオと一緒に冒頭、シーンの説明をしてある下りに目を通し、ハッとした。