意地悪な副社長との素直な恋の始め方
撤収作業を手伝う流星、次の仕事があるというシゲオと別れ、月子さんの控室になっているかつての診察室に向かう。
スタッフたちとはすっかり顔なじみなので、見咎められることもなく、辿り着いた。
気遣っていると思われないよう、自然な態度でと自分に言い聞かせ、ノックしようと手を挙げたタイミングでドアがスライドした。
「じゃあ、わたしは先に帰るわ。スケジュールが決まったら連絡をっ……あら、偲月さん」
振り返りながら話していた月子さんは、危うくわたしにぶつかりそうになり、目を瞬く。
「こ、こんにちは」
「こんにちは。せっかく来てくれたのに……不甲斐ないわたしのせいで、今日の撮影は中止になってしまったのよ。ごめんなさい」
わたしに謝る月子さんは、シゲオが言っていたように顔色が悪く、心なしか声も元気がない。
体調が悪いのか、精神的に参っているのかはわからないが、いつもとちがう。
「いえ。特に他の予定もなかったので。あの、これからおうちへ帰られるんですか?」
「ええ。家で、反省会よ」
力なく肩を落とす彼女の背後で、電話中のマネージャーが、何かを訴えるようなまなざしをこちらへ向ける。
ひとりで立ち去ろうとしていた月子さんは、彼が送ると言ったのを断ったのだろう。「タクシーを誘導して来ます」と部屋を出て行く時、すれ違いざまに「よろしくお願いします」とわたしに小声で囁いた。
「あの! わたしも一緒に……月子さんのお宅にお邪魔しても? 実は、コンテストに応募する写真のことで相談したくて……」
わたしには、演技のアドバイスも、悩み相談に乗れるほどの人生経験もないけれど、映画と関係ない話なら、いくらでも提供できる。
行き詰っているときは、何か別のことをして気分転換することも必要だ。
若手芸術家を発掘し、支援してきた月子さんの視点からアドバイスしてほしいというのは、口から出まかせではない。
「メイクをテーマにしたコンテストのこと?」
「はい。すでに撮った写真もあるんですけど、シゲオと話してて、連作にしようかと思い付いて……」
「撮った写真、見たいわ。わたしでよければ、話を聞かせて?」
ふわりと微笑んだ月子さんにホッとした。