意地悪な副社長との素直な恋の始め方
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タクシーの車中では、しばらくコウちゃんは八木山さんの傍を離れられないので、撮影に出かけることはなくなり、事務仕事に追われること。その間に、コンテストに応募するための写真を撮り終えてしまいたいと思っていることなどを話した。
途中、甘いものが食べたいという月子さんのリクエストで、駅前の老舗ケーキ屋さんでアップルパイを二ホール買い求め、マンションへ。
コーヒーではなくハーブティーを淹れ、月子さんはワンホールそのまま。わたしは八分の一切れのアップルパイを味わいながら、二人でタブレットを覗き込む。
コンテストの応募者たちが投稿した写真を眺める月子さんは、「プロ並みねぇ」と感心し、そのうちの何人かは名前を聞いたことがあると言う。
「いろんな切り口があって面白いわね」
「はい。だから、よっぽど印象に残る写真じゃないと、埋もれちゃいそうで……」
「そうねぇ。でも、インパクトさえあれば、印象に残るわけではないと思うわ。確かに、見た瞬間は『あっ!』と思うかもしれない。けれど、それだけでは長く心に留まらないものよ。映画だって、奇抜なアイデアや最先端の技術を駆使しただけじゃ、心に残る作品にはならないわ。伝えたいことが明確で、それを丁寧に表現したものが、結局は深く心に刻まれるのよ。でも、あまりにもインパクトがなさすぎると、退屈だと思われる可能性はあるわね」
「難しいですね」
「ええ。狙ったものが撮れるのか、という問題もあるでしょうし」
「被写体が『ヒト』だと、撮りたい瞬間を引き出す力も必要ですよね……」
「そうねぇ。モデルをその気にさせるのが上手いカメラマンというのは、いるわね。映画監督も一緒。やり方はひとそれぞれだけれど」
「流星監督は、あんまり指示出さないですよね?」
「ええ。流星監督はある程度役者の好きに演じさせて、どうしても譲れないポイントだけ口を出すの。ただし、脚本をないがしろにするような勝手は許さないわね」
「その場に応じて、臨機応変に変えているのかと思ってました」
「そういうスタイルを取る監督もいるわ。でも、流星監督は、事前に脚本家とよく話し合って、練り上げてから撮影に入るから、滅多なことでは変更しないの。若い頃は、いまよりもっと頑固で短気でね。スポンサー企業のお偉いさんが、脚本や配役に口を挟んで来るのに我慢ならなくて、大喧嘩した挙げ句に製作そのものを取り止めにしたこともあるくらいよ」
「え、それって……」
「かかった費用は全部借金」
「…………」
「もともと浮き沈みの激しい世界だけれど、若い頃の流星監督の人生はジェットコースター並みだったわ。ヒット作を出したと思えば、話自体が流れたり。感動の大作を撮ったと思ったら、女性問題で賞を逃がしたり。奥さまは、女性殺陣師だったんだけど、借金でクビが回らない上に、浮気者の監督に振り回されながら、自分の仕事もして……相当苦労していたわねぇ……」
穏やかで、紳士然とした姿からは想像もつかない監督の過去に、唖然としてしまった。