意地悪な副社長との素直な恋の始め方


「でも、いまは……ちがうんですよね?」

「ええ。奥さまが病気になってからは、ひとが変わったように映画だけに没頭するようになって。奥さまを殺陣師として迎えた時代劇映画で、大きな賞をもらったの。残念ながら、彼女はその受賞を一緒にお祝いすることはできなかったけれど。観たことないかしら? …………という映画よ?」


月子さんも準主役として参加したというその作品名は、映画好きでなくとも一度は耳にしたことがある有名なものだった。


「流星監督が撮った時代劇映画は、その一本限り。アクション映画も撮らない。インタビューで、どうしてなのか尋ねられたとき、奥さま以上の殺陣師はいないからだと答えていたわ」

「……切ない話、ですね」

「そうね。愛を伝えたいと思った時に、相手が目の前にいてくれるとは限らない。だからこそ、出し惜しみして、先送りしてはいけないのよね。『いつか』も『あとで』も、あるかどうかわからないんだもの。相手が大切なひとであるなら、なおさら『いま』伝えなくちゃ」


そう言う月子さんは、あまり顔色はよくないものの、いたずらっけのある笑みを浮かべた。


「ね、偲月さん。今日は、朔哉とデートなんでしょう?」


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