意地悪な副社長との素直な恋の始め方
シゲオだけでなく、月子さんにまで知られているなんて、それこそ顔に書いてあるとしか思えない。
「そう、ですけど、でもどうして……知ってるんですか?」
月子さんはくすりと笑って「朔哉から聞いたのよ」とあっさりからくりをバラした。
「あの子、すっぽかしてしまったデートを完璧にやり直したいから、偲月さんがあの日用意していたプランを、こっそり聞き出してほしいって、わたしに頼んできたのよ」
「え……」
「もちろん、ズルしないで、自分で偲月さんに訊くか、埋め合わせる方法を考えなさいと言ったけれど」
「でも、じゃあ、どうしてわたしに……?」
「それだけ朔哉は必死なんだって、知っててほしかったの。母親として、息子には好きな人と幸せになってほしいもの。それに……偲月さんにも、後悔してほしくないの」
「わたし?」
「いまの偲月さんは、ちゃんと自分の人生を歩んでいる。仕事に没頭すれば、朔哉のことを考えずに過ごせると思うわ。でも……誰かを心の底から愛し、愛される可能性に目をつぶってほしくないの。わたしのように、後悔してほしくないのよ」
何を後悔しているのか、問わずとも、予想は着いた。
けれど、それを言葉にするのはためらわれた。
月子さんは、半分まで平らげたアップルパイを突きながら、苦い笑みを浮かべた。
「あの時のわたしには、離婚するしかなかったと思うわ。でも、こうしてあの当時の状況を再現するような演技をしていると……どうしても、悔しくなっちゃうの」
「悔しい?」
「いまのわたしなら、彼自身の気持ちを確かめずに、逃げ出したりしないのにって。いまさら、どうしようもないのにね」
フォークを置いて、「はぁ」と大きな溜息を吐いた月子さんは、「情けないわ」と呟く。
「いつだって、後悔のない選択をしてきたつもりだった。でも、あの時離婚を選択したのは……勇気ある決断なんかじゃなかった。逃げただけ」
「そんなこと、」
「泣いて、喚いて、夕城を問い詰めたかった。でも、長い間、彼に愛されたいという気持ちを押し殺していたから、いまさら言えなかった。最初から、素直に気持ちを伝えていたなら、ちがった結末があったのかもしれないのに。あの当時のわたしには、その勇気がなかった。そんな後悔が演技に滲み出てしまって……女優人生最高の数のNGを量産しちゃったわ。役を演じきれないなんて、女優失格。ほんと、情けなさすぎる」
月子さんは、大きな瞳を潤ませて、微笑んだ。
何と言えばいいのかわからない。
月並みな慰めの言葉すら、見つけられない。
「偲月さんには、わたしみたいになってほしくないの」