意地悪な副社長との素直な恋の始め方
「え……」
家具や家電、ソファーやテレビの位置は朝出て行った時と何ら変わっていないが、部屋の真ん中にパカッと口を開けたキャリーケースが放置されていた。
クローゼットの奥深く、しまっていたはずなのに。
(ど、どうしてっ……なんでっ……ロックが壊れてるのっ!?)
慌てて中身を検め、古びたカメラが無事であることを確認してホッとしたのも束の間。
全財産を預けていた銀行の預金通帳二冊とキャッシュカード、滅多に使わないクレジットカードがなくなっている。
空き巣の仕業でないことは、テーブルの上に置かれていた一枚のメモが物語っていた。
『やっぱり、彼と離れられない。二人で幸せになれる場所へ行きます。お金は、きっといつか返すから。ごめんね ナツ』
(ま、まさか……)
青ざめながらスマホで二つの銀行の預金残高を確かめたところ、表示された数字は無情にも「ゼロ」。学生時代から貯めていたなけなしの全財産、総額百万円が消えていた。
クレジットカードの利用履歴を確かめれば、限度額までキャッシングされている。
あまりのショックに、涙も引っ込んだ。
暗証番号を誕生日にしてはいけないと知りつつも、つい楽な方を選んでしまったわたしの自業自得だと言われれば、その通りだ。
でも、まさかこんな展開が待っているなんて、誰が予想できるだろう?
しかも。
(なんで……なんで今日なのよぅ……)
よりによって、今日は給料日だった。
そして、光熱水費や家賃などの支払いは、週明けの月曜に集中している。
いまの手持ちはお財布の中にある一万円だけ。
(つまり……)
土日の二日間で、最低でも十五万円近くのお金を用意しなければならない。
「嘘でしょ……」
一度目をつぶり、これは夢なのだと思い込もうとした。
しかし、鞄からはみ出たスマホが奏でる陽気な着信音が、これは現実だと教えていた。