意地悪な副社長との素直な恋の始め方
何のことかと彼の視線の先を確かめれば、見咎められそうな勢いでこちらへやって来る朔哉と芽依の姿があった。
「……オヤジ! 母さんはっ!? 何があったんだ? どうして、救急搬送なんて……」
道を譲ったわたしたちの横をすり抜けて病室へ足を踏み入れた朔哉は、ベッド横に座る夕城社長を問い詰める。
「過労だよ」
「過労? 本当に?」
「うん。まあ、持病もあるけど、今回は関係ない。偲月ちゃんと流星くん、相沢さんのおかげで大事にならずに済んだよ」
ホッとしたのだろう。
大きく息を吐いた朔哉は、乱れた髪をぐしゃりとかき上げ、わたしを睨む。
「偲月。どうして連絡しなかった?」
「え……」
なぜそんなことを言われるのかわからず、困惑する。
朔哉は、怒りの滲む声で、わたしの知らない事実をまくし立てた。
「確かに、仕事の都合で待ち合わせの時間を変更したいと連絡した。だが、緊急事態に対処できないとは言っていない。しかも、折り返しの連絡もない。マネージャーが、家族の同意が必要になるかもしれないと連絡して来なければ、何も知らずに延々と駅前で待つところだった」
どうやら、わたしが一度も彼に連絡を取ろうとしなかったと責められているのだと理解して、干上がった喉から何とか声を絞り出す。
「れんらく……した」
「メッセージも、着信もなかった」
「電話、した!」
「会議中、席を離れた時も電話はなかったと芽依から聞いている」
「朔哉、やめないか! 偲月ちゃんだって、必死で、混乱していたんだろう。架ける先をまちがったかもしれない。そもそも、偲月ちゃんがいなければ、月子さんの異変に誰も気づけなかったかもしれないんだ。責めるのは、お門違いだぞ」