意地悪な副社長との素直な恋の始め方
「よくねーだろ」
「いいの」
「いいって、おい……」
エレベーターが一階に到着し、困惑する流星の手を引いて降りた。
薄暗いロビーを抜け、夜間出入口の外に停まるタクシーに乗り込もうとした腕を取られ、引き戻される。
「偲月」
腕を掴んだのは、朔哉だ。
後悔、反省、懇願。
いろんな感情の入り混じった表情で、呟くようにして謝罪する。
「……悪かった。疑って」
「うん」
「キャンセルになった予定は、今度埋め合わせを……」
「いいよ」
「よくない」
「謝罪は受け入れたから。埋め合わせは必要ない」
「だが、」
渋る朔哉に微笑みかけ、腕を掴む手をやんわりと引き剥がす。
本当に、もう一度、ダメになったデートをやり直したいとは思わなかった。
やり直したところで、どうせダメになるだろうと思った。
二度あることは、三度ある。
ここぞという時、不運に見舞われる自信がある。
ツイてないだけなら、笑い話にもできる。
けれど、何かが起きてすれ違った末に、今回のように疑われ、非難されるかもしれないと思うと、やり直したいなんて思えなかった。
仕事は仕事と割り切れるなら、その方がずっと楽だ。
余計な感情は、判断力を鈍らせる……と、どこかで聞いた気がする。