意地悪な副社長との素直な恋の始め方
クラブはもちろんキャバクラでもアルバイトをした経験はないが、背に腹は代えられない。

京子ママの厚意に甘えることにした。


「そのうち、ナツの居場所はつきとめられると思うわ。働かずには食べていけないだろうし、あの娘にほかの仕事ができるとも思えないし。同業の知り合いに、ナツらしき人物が店に来たら連絡くれるように頼んであるの。残念ながら、行方がわかっても、お金は戻って来ない可能性が高いと思うけれど……。相手の男には、かなりの額の借金があるみたいだから」

「お金が返って来るとは、期待してません。それより、ナツが無事ならいいんですけど」


彼女が、暴力をふるわれたり、売り飛ばされたりしていないことを祈るばかりだ。

ナツは、恋愛にのめり込み、身も心もボロボロになるタイプ。
二股カレシなんて、まだカワイイ方だ。大学生だった頃から、束縛男、DV男、モラハラ男、ギャンブル狂……と、ロクデモナイ男にばかり引っかかってきた。

さんざん騙され、虐げられても、根っからのお人よしゆえ、お涙頂戴の話に弱く、口の巧い相手にすぐ丸め込まれてしまうのだ。

けれど、どんな酷い目に遭ったとしても、友人のお金を盗むような人間ではなかった。
きっと相手の男にそそのかされたにちがいない。


「そうね……。でも、心配するとすれば、相手の男より元カノよ。だいぶ頭に血が上っているようだったし。偲月ちゃんも気をつけてね? 家を調べて押しかけるとか、ありがちよ?」

「そうですね……気を付けます」

「それで、早急にいくら必要なの?」

「家賃とか全部ナツとシェアしていたので、十五万円くらいです。それも、月曜までに必要で……」

「それくらいなら、キャッシュで用意してあげられるわ。ただ……いまの偲月ちゃんをそのままお店に出すのは、ちょっと無理ね」


肩越しにわたしを振り返った京子ママは、微苦笑した。


「あの……?」

「ちょっと、何なのその恰好はっ!」


スタッフルームに入るなり金切り声が聞こえた。

細身のジーンズにぴっちぴちの黒Tシャツを着て、ちょいワル風に髭を生やした細身の男性が、腰に手を当て仁王立ちになっている。


その顔には、見覚えがあった。


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